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鵬市立鵬清陵高校は、十数年前に市町村合併に伴って、鵬高校に清陵高校が統廃合されて出来た合併校である。
近隣に他の高校が無く、何より比較的自由な校風ということもあり、若者が流出しがちな地方都市とは言え、生徒数はそれなりであった。
とりわけ、委員会や部活動などの課外活動に対して生徒達の自主性が高く、それだけに部員の勧誘なども盛んに行われていた。
「片霧冴子さんは居るかしら」
教室の入り口から、そう声が聞こえる。見ればそこには、上級生と思しき三人の女生徒が立っていた。
それに気付いた冴子が「はい。私です」と進み出ると、筆頭格らしき女生徒が「あなた、ソフトボール部だったそうね」と、挨拶のひとつもなく話を切り出してくる。名乗りもしないので、取り敢えずA子、B子、C子とでもしておこうか。
ぞんざいな感じのするその物言いを少し不快に思いつつも「はい。そうですけど……」と答えると、やはり一方的に質問をぶつけてくる。
「何故、ソフトボール部に入らないのかしら」
その口振りからすると、彼女らはソフトボール部の部員ということだろうか。
冴子は「あ、いや……」と言葉に詰まりながら、ある噂話を思い浮かべていた。
現在この高校のソフトボール部は、上級生達が練習方針を巡って対立し、内部分裂しているというのである。そんな場所では到底、気持ちの良い汗が流せるとは思えず、冴子は入部を躊躇っていたのだ。
「今年は入部者が少ないのよね。しかも、あなたみたいな経験者が来ないって、一体どういうつもりかしら」
それを聞いて冴子は、この人は本気で言っているのかと耳を疑う。例え噂が噂であったとしても、当事者がそれを気にしないというのは、些か無神経ではないか。
しかも、いくら上級生とは言え、先ほどからの言動を見れば、この人こそ揉め事の中心人物なのではないかとさえ思えてしまう。
腹に据えかねた冴子は、率直に考えを伝えることにする。
「ソフトボール部って良くない噂があるみたいなんですが、それって本当なんですか」
「なっ……」
面食らって絶句するところを見ると、やはり真実なのだろう。否定されなかったことを残念に思いながら「そういうのがあるなら入部したくないです」と、きっぱりと告げる。
これで引き下がってくれれば良いのだが……。
「あんた生意気ね」
「先輩がわざわざ来てやってんのに」
それまで後ろに控えていたB子とC子が突如として出張ってくる。なるほど、どうやらA子にばかり問題があるという訳でもなさそうだ。
二人が冴子の前に立ったことで「何だ何だ」と教室中の視線も集まり、一気に緊張感が高まった。その時――
「よその教室にやって来て、態度悪いのはそっちじゃないかな!」
今度はその声が聞こえた方に皆が振り向く。そこに居たのは……。
「えええええーっ?」
「うおおおおーっ!」
何と梢である。いつもの柔和な雰囲気はどこへやら、毅然とした顔で上級生達を睨みつけている。キャラクター的にあり得ない言動にクラスメイト達は驚愕し、冴子も動揺する。
「ど、どうしたのよ、梢」
「だって冴子ちゃん、この人達ヒド過ぎるよ。言葉がデッドボールだよ。態度がアウトだよ」と尚も立ち向かう姿勢の梢を、ソフトボールだけに、か。上手いことを言うな、と思いつつ「いいよ、大丈夫だから」となだめるが、収まりが付かないのはむしろABCの方だ。
再び先頭に立ったA子が、「言ってくれんじゃないの」と梢に迫ったので、冴子は庇おうと身構える。
その時「あの……」と、横から声を掛けてきた者がいた。クラスメイトの星上雪乃である。
「なによっ」と睨みつけるA子。
「取り巻きの人たちを引き連れて威張り腐ってるところを恐縮なんですが」と、わざわざ相手の気持ちを逆撫でするような言い種をするので、冴子はポカンとしてしまう。
「何ですって!」と、相手の矛先が自分に向くのもお構いなしで(あるいは、それが目的なのだろうか)、彼女は言葉を続ける。
「枯れ木も山の賑わいと言いますし、多少の喧騒ならば風情があっていいと思うのですが、皆さんは少し賑やか過ぎます。迷惑なのでお引き取り願えませんか」
「うわあ~……」
「えっぐ……」
と、こちらには別の意味での響めきか起こっている。
「次から次へと、勘に障るやつばかり出てくるわね、このクラスは」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてないわよっ!」
ここまで来ると明らかに、わざとやっていると分かる。何という怖い物知らず。並大抵の胆力ではない。
「何なのよ、あんたは!」と怒りを露わにしたA子。B子C子共々、雪乃に詰め寄った。その瞬間――「てめーら、いい加減にしろよ!」
横から更に別の生徒が割って入る。
赤いオーラを身に纏い、鬼の形相で長い黒髪を逆立たせている、と言う表現もあながち誇張ではない。
「こいつに何かしてみろ。ただじゃおかねーからな!」と、十五、六の娘とは思えない殺気で上級生達を威圧する。
「なっ!何なのっ……」と、A子はかろうじて踏み止まったものの、B子とC子はほとんど腰抜け状態と言っていいほどに後退っていた。
「凄っ……」
「わあ~……」
冴子と梢がそれぞれ感嘆する。
見れば、他のクラスメイト達も後に続けと集まって来ていた。同じクラスになってまだ日も浅いというのに、義憤に駆られて結束したというところだろうか。
これは流石に分が悪いと悟ってかA子は、「もういいわよっ!」と冴子達を睨みつけると、踵を返して去って行ったのだった。
ほっと胸をなで下ろした冴子だが、すぐに振り返ると「騒がせてごめんなさい」と頭を下げた。すると皆、「気にすんな」「いいっていいって」「上級生だからって許せないわよね」と、口々に言いながら散っていく。
気のいい者が多いのか、この人達とは仲良くやっていけそうだと思いながら、先ほど庇ってくれた星上雪乃ともう一人――折原胡桃に礼を伝えようとしたが、二人は仲が良いらしく、連みながらさっさと向こうに行ってしまった。
そこで丁度、予鈴が鳴り響く。
やたらと濃密な休み時間だった。
どっと疲れを感じた冴子は、自分の席に着くや否や、二人に話しかけるのはまた次の機会にしよう、そう思いながら机に突っ伏したのだった。
近隣に他の高校が無く、何より比較的自由な校風ということもあり、若者が流出しがちな地方都市とは言え、生徒数はそれなりであった。
とりわけ、委員会や部活動などの課外活動に対して生徒達の自主性が高く、それだけに部員の勧誘なども盛んに行われていた。
「片霧冴子さんは居るかしら」
教室の入り口から、そう声が聞こえる。見ればそこには、上級生と思しき三人の女生徒が立っていた。
それに気付いた冴子が「はい。私です」と進み出ると、筆頭格らしき女生徒が「あなた、ソフトボール部だったそうね」と、挨拶のひとつもなく話を切り出してくる。名乗りもしないので、取り敢えずA子、B子、C子とでもしておこうか。
ぞんざいな感じのするその物言いを少し不快に思いつつも「はい。そうですけど……」と答えると、やはり一方的に質問をぶつけてくる。
「何故、ソフトボール部に入らないのかしら」
その口振りからすると、彼女らはソフトボール部の部員ということだろうか。
冴子は「あ、いや……」と言葉に詰まりながら、ある噂話を思い浮かべていた。
現在この高校のソフトボール部は、上級生達が練習方針を巡って対立し、内部分裂しているというのである。そんな場所では到底、気持ちの良い汗が流せるとは思えず、冴子は入部を躊躇っていたのだ。
「今年は入部者が少ないのよね。しかも、あなたみたいな経験者が来ないって、一体どういうつもりかしら」
それを聞いて冴子は、この人は本気で言っているのかと耳を疑う。例え噂が噂であったとしても、当事者がそれを気にしないというのは、些か無神経ではないか。
しかも、いくら上級生とは言え、先ほどからの言動を見れば、この人こそ揉め事の中心人物なのではないかとさえ思えてしまう。
腹に据えかねた冴子は、率直に考えを伝えることにする。
「ソフトボール部って良くない噂があるみたいなんですが、それって本当なんですか」
「なっ……」
面食らって絶句するところを見ると、やはり真実なのだろう。否定されなかったことを残念に思いながら「そういうのがあるなら入部したくないです」と、きっぱりと告げる。
これで引き下がってくれれば良いのだが……。
「あんた生意気ね」
「先輩がわざわざ来てやってんのに」
それまで後ろに控えていたB子とC子が突如として出張ってくる。なるほど、どうやらA子にばかり問題があるという訳でもなさそうだ。
二人が冴子の前に立ったことで「何だ何だ」と教室中の視線も集まり、一気に緊張感が高まった。その時――
「よその教室にやって来て、態度悪いのはそっちじゃないかな!」
今度はその声が聞こえた方に皆が振り向く。そこに居たのは……。
「えええええーっ?」
「うおおおおーっ!」
何と梢である。いつもの柔和な雰囲気はどこへやら、毅然とした顔で上級生達を睨みつけている。キャラクター的にあり得ない言動にクラスメイト達は驚愕し、冴子も動揺する。
「ど、どうしたのよ、梢」
「だって冴子ちゃん、この人達ヒド過ぎるよ。言葉がデッドボールだよ。態度がアウトだよ」と尚も立ち向かう姿勢の梢を、ソフトボールだけに、か。上手いことを言うな、と思いつつ「いいよ、大丈夫だから」となだめるが、収まりが付かないのはむしろABCの方だ。
再び先頭に立ったA子が、「言ってくれんじゃないの」と梢に迫ったので、冴子は庇おうと身構える。
その時「あの……」と、横から声を掛けてきた者がいた。クラスメイトの星上雪乃である。
「なによっ」と睨みつけるA子。
「取り巻きの人たちを引き連れて威張り腐ってるところを恐縮なんですが」と、わざわざ相手の気持ちを逆撫でするような言い種をするので、冴子はポカンとしてしまう。
「何ですって!」と、相手の矛先が自分に向くのもお構いなしで(あるいは、それが目的なのだろうか)、彼女は言葉を続ける。
「枯れ木も山の賑わいと言いますし、多少の喧騒ならば風情があっていいと思うのですが、皆さんは少し賑やか過ぎます。迷惑なのでお引き取り願えませんか」
「うわあ~……」
「えっぐ……」
と、こちらには別の意味での響めきか起こっている。
「次から次へと、勘に障るやつばかり出てくるわね、このクラスは」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてないわよっ!」
ここまで来ると明らかに、わざとやっていると分かる。何という怖い物知らず。並大抵の胆力ではない。
「何なのよ、あんたは!」と怒りを露わにしたA子。B子C子共々、雪乃に詰め寄った。その瞬間――「てめーら、いい加減にしろよ!」
横から更に別の生徒が割って入る。
赤いオーラを身に纏い、鬼の形相で長い黒髪を逆立たせている、と言う表現もあながち誇張ではない。
「こいつに何かしてみろ。ただじゃおかねーからな!」と、十五、六の娘とは思えない殺気で上級生達を威圧する。
「なっ!何なのっ……」と、A子はかろうじて踏み止まったものの、B子とC子はほとんど腰抜け状態と言っていいほどに後退っていた。
「凄っ……」
「わあ~……」
冴子と梢がそれぞれ感嘆する。
見れば、他のクラスメイト達も後に続けと集まって来ていた。同じクラスになってまだ日も浅いというのに、義憤に駆られて結束したというところだろうか。
これは流石に分が悪いと悟ってかA子は、「もういいわよっ!」と冴子達を睨みつけると、踵を返して去って行ったのだった。
ほっと胸をなで下ろした冴子だが、すぐに振り返ると「騒がせてごめんなさい」と頭を下げた。すると皆、「気にすんな」「いいっていいって」「上級生だからって許せないわよね」と、口々に言いながら散っていく。
気のいい者が多いのか、この人達とは仲良くやっていけそうだと思いながら、先ほど庇ってくれた星上雪乃ともう一人――折原胡桃に礼を伝えようとしたが、二人は仲が良いらしく、連みながらさっさと向こうに行ってしまった。
そこで丁度、予鈴が鳴り響く。
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