たぶんきっと大丈夫

ももくり

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7.恋愛に必要なもの

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 ──須賀龍を初めて見た時の感想は、『随分とスカしてる男だな』だった。

 どうして今ここで、郷田さんについてでは無く須賀さんに関して語り出すのかと言うと、現時点で私が一番打ち解けている相手がこの人だからだ。勿論、気の置けない女友達はそれなりにいるし、対外的に“親友”と呼べる位置づけの人もいるにはいる。

 しかし残念なことに私は、彼女達に闇の部分を打ち明けられないのだ。

 両親の不仲について。
 しょっちゅう錯乱する母について。
 そして、捻じ曲がった恋愛観を持つ自分について。

 今更伝えなくても、もしかして既に気付いているのかもしれない。でもやっぱり私は敢えてそれを口にすることが出来ない。何故なら、自分の不幸は自分だけで消化しなくてはならないものだし、もし自分が逆の立場だとすれば、そんなことを聞かされても対応に困ると思うからである。

 誰だって時間は貴重だし、限られた時間だからこそ明るく過ごしたいのだ。

 だが、須賀さんはどうやら違ったらしい。というかこの人、長年の鬱憤が一気に爆発して、ちょっとだけ吐き出すつもりが止まらなくなってしまったっぽい。最初は淡々としていたその口調が徐々に熱を帯び始め、郷田さんのマンションを出た後も転々と場所を変えながらひたすら須賀さんは喋りまくった。

 コーヒーショップ、ファミレス、喫茶店ときて最後にはとうとう須賀さんの自宅マンションへ。朝8時からかれこれ10時間は喋り続けているのに、話は全く尽きない。土曜ということもあって、もしかしてこのまま夜を明かしてしまいそうな勢いだが、それでも別に構わないと思うほど私達は打ち解けていた。

 こうなると、郷田さん宅に泊めて貰ったのはいったい何だったのかという疑問も湧いてくるが、アレはアレで面白かったのでヨシとしておこう。

そうこうしているうちに、私の恋愛話へと飛び火する。
 
「華、お前なに逃げてんだよ」
「へ?逃げている…とは」

 真剣過ぎるその表情は、まるで立て籠り犯を説得する刑事の様だ。

 ネゴシエーター・須賀は言った。

 『最高の恋愛をする為に相手を吟味中』というのは言い訳で、結局のところお前は逃げているのだと。27年間も生きてきて、付き合った相手がいないという現実から目を背ける為の都合の良い言い訳が『最高の恋愛』で、本当はその気になればいつでも恋愛なんて出来るはずだと。

「あのさ、婚活で行き詰まった女が陥りがちなのが“自分磨き”だよな。化粧もダイエットも頑張って、見た目は完璧!仕事だって真面目に取り組んでいるし、残業を頼まれれば嫌がらずに引き受けて周囲からの評判も上々!料理教室だの英会話教室だので学びまくって、資格もザックザク取得したことだし、もうこれでダメなら何をすればいいのか分からない!…と本人はひたすら思い悩んでいるというワケだ」

 私は真顔のままコクコクと頷く。

「俺から言わせれば、大間違いだよ。いいか、恋愛に必要なのは耐性だ!!」
「た、耐性?」

「あのな、華、恋愛は下克上なんだよ。イイ男と付き合うにはイイ女にならなくちゃ…なんて悠長に自分磨きなんかしてたら、そこそこの女が横からガンガン奪っていくから!あのな、そこそこの女を侮るなよ?アイツらは自分の価値を弁えているからこそ、高望みせず手近な男で恋愛をスタートするワケだ。で、それなりに別れと出会いを繰り返し、“耐性”を身に着けるワケ」
「なんかよく分かんない」

「チッ。この場合の耐性っつうのはな、例えば最初の方で『告白してフラれたらどうしよう』とか、交際中に『もし別れたらどうしよう』とかいう負の感情と上手く折り合えるってこと。勿論、怖くないはず無いんだろうけど、幾度かの経験に寄って『ダメだったら次に行けばいいや』と思える様になっていく。そして耐性を身に着けた彼女達は、最終的にイイ男をゲットするという仕組みだ」
「そ、そこそこの女、恐るべし!」

 お道化ながらも本気で感心する私に対して、須賀さんは真顔で言った。

「だから、華、お前とりあえず郷田さんと付き合っとけ」
「は、はいいい??」
 
 
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