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37.なんなんなんだ
しおりを挟むなんなんなんだ、この和やかな雰囲気は(※華さんは動揺の余り『なん』を多めに呟いています)。
「塩麹に一晩漬けてローズマリーと一緒に焼く」
「あ、ソレ簡単そう。やってみる」
「さすが郷田さん、女受けしそうなレシピはお手の物ですね」
何の話をしているかと申しますと、ニョロ野が何故か骨付きの鴨肉を貰ったのだと。いやいや、まず人生に於いて生肉を貰うなんてほぼ無いし、しかもそれが豚でも牛でもなく鴨って!!
その調理法について悩んでいると彼が呟いたところ、私を差し置いて郷田さんが塩麹云々と即答し、喝采を浴びている最中なのだ。く、悔しくなんてないやい。だって私は豚と鶏がメインでたまに牛を購入し、それ以外の肉とは殆ど接点が無いのだから。
いや、待てよ。
ここでもし鴨が豚であったと仮定しよう。その場合、私は即答出来るのか?生姜焼き…以外に浮かばない。ほら、アレだよ、クイズ番組の回答者もよく言うじゃないの、『早く答えなければと焦ることで思考が停止してしまう』と。後でゆっくり考えたらきっと山のように答えが出てくるんだよねえ。
…って落ち着け、私。
何度も言うけど、人生に於いて生肉を貰うというシチュエーションに陥ること自体、まず無いから(※華さん、引っ掛かるのはその部分ですか?)。でも、もしかしてということも有るし、イザという時に備えて、豚と牛と鶏のレシピを各3つずつ考えておこう。まずは鶏からだな。
唐揚げ、油淋鶏、竜田揚げ
「へ?大丈夫か、華」
「え、あっ、大丈夫じゃない、3つとも似た感じになっちゃったわ!」
どうやら脳内の声が漏れ出してしまったらしく、素早く反応した須賀さんにこれまた反射的に答えたところ、思いっきり不審げな表情をされてしまった。いいから、もう放っておいて。それよりもアンタ達、ここまで来ていったい何をしてんのよ?!
「ところで今日はどうしてこの面子で集まっていたんですか?熊野さん…は、華と仲がいいからまあ分かるけど、郷田さんはもう無関係のはずですよね」
鴨肉レシピの話題からいきなり核心に触れちゃうなんて、さすが須賀さん。
「ああ、お恥ずかしい話なんだけど、実は…ヨリを戻したくてさ。その為にこうして会いに来たんだ」
その反応を確かめたくて、隣に座る須賀さんの表情をチラリと横目で見たところ、これが驚くほど普通。まあ、そりゃそうだよな。この人にとって私は、単なるセフレ…それに同僚という付加価値が加わった程度の、いや、むしろそっちの方がメインだろっていう感じの存在だし。
なんてことを鬱々と考えていたら、ニョロ野が郷田さんの両肩を掴んで真剣な顔でこう言った。
「ごめん実は俺も…ついさっき華ちゃんに告ったんだ。その…『付き合って欲しい』って。悪いが今回だけは本気だから、いくらジェイでも譲れない」
ニョロ野、私ね…『告る』って言い方が大嫌いなの。アンタちょいちょいそうやって、若者用語を使おうとして、それが逆に古臭さを漂わせちゃうわよね?!そういうところ、直した方がいいと思う…とは、さすがにこの場面では言えないので、グッと下唇を噛んで我慢した。
「なっ…!熊野、お前…いつの間に華のことをッ。まさかもう手を出したりしてないよな?!華はな、こう見えて俺しか知らない純真な女なんだぞ!」
「は?!何だよ、ソレ。まるで華ちゃんが所有物みたいな言い草だな。ていうかさ、自分はアチコチの女と遊びまくってるクセに、華ちゃんだけ貞淑でいろと言うのは勝手すぎるだろ」
クマノって…ああ、ニョロ野のことか!
ジェイは…郷田さんのことだね!
私が脳内で寄り道をしているうちに、郷田さんとニョロ野の会話はどんどん白熱していく。
「煩い!それを言うなら熊野だって俺と同じくらい女を食いまくっているクセに、清廉潔白でござい…みたいな顔すんな!」
「おいっ、俺の新しい恋を邪魔しないでくれ!いいじゃないか、過去は過去!これから心を入れ替えて頑張るんだから、そのリスタートを初っ端から躓かせんな!」
「あのな、よく聞け。華は俺を失い、そのポッカリと空いた心の隙間を埋める為だけに熊野を利用したんだ。だからこうして俺が復縁要請すれば、それでもうお前の役目は終わるんだよ」
「なっ、そんなはず無いだろ!華ちゃんは誰よりもこの俺に、心を開いてくれているんだッ」
──なんだこの思い込みの激しい男共は。
視線だけで須賀さんにヘルプを求めると、笑顔で頷かれたのでホッとしていたのに。どうやら思わぬ伏兵がここに登場したみたいだ。
その人はハキハキとこう言った。
「華は俺のモノなんで、誰にも渡しません!」
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