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10.別れた理由
しおりを挟む多分、余りにも違い過ぎたのだ。
遊び人で女慣れしている東吾と、クソ真面目で男どころか人間に慣れていない私。いつか捨てられる日が来ると思っていて、むしろそれは予想よりも長く続いた方で。女をコロコロ替えていた東吾が、半年もつき合ったなんて新記録かもしれない。
私、なかなかヤルじゃん!
そう自分に言い聞かせ、納得しておきながらも、家に帰って号泣した。そんじょそこらの失恋と一緒にするな、私の想いは世界で一番深くて重いのだ。だから私は世界で一番不幸な女だ…と、その時は本気でそう思ったのである。
東吾で始まり、東吾で終わる1日。
目の前にいても、いなくても、頭の中は東吾で満たされていた。心の中はもちろん、体中のあちこちに彼に触れられた余韻を感じながら生活し、東吾さえいれば他には何も要らなかった。…のに、簡単に別れてしまうとは。今もそうだが、若い頃の私は本当に厄介な性格をしていたと思う。
これと言って目立つ特長が無かったせいか、それを隠す為に自分は“特別”だと思い込み。相手にも“特別”だと思わせようとして、『アナタのことはそんなに好きじゃない』とワザと冷めているフリをしていたのである。別れを告げられても平然とそれを受け入れ、泣いて縋ることすらしなかったのは、その調子で色々と拗らせた結果だ。
残念ながら私の恋愛偏差値は、この男と付き合っていた頃から上がっていない。むしろ下がっている気がするのは何故だろう?…と、ひたすら悶々としていたら、犬に食事を与え終わった東吾が戻って来た。
「ごめん奈緒。ラッキーの奴、俺がいるのにご飯が貰えないと吠えまくるもんでさ」
「それは別にイイんだけど、私、早く帰って晩御飯を作らないといけないの」
でね、このお茶、すっごくマズイ。手作りの麦茶がここまでマズイって衝撃だよ。そう言いたかったけど、久々の再会だったのでそこんとこは必死で我慢する。
「そっか、婚約中なんだっけ?ってことはもう一緒に住んでるのか??」
「えっ?!プロポーズされたことを、どうして知ってるの??」
そう返事した後で気付く。今朝のことを東吾が知っているワケが無い。この人の言う婚約とは、既に破棄した方の話で、豊さんとのことでは無いのだ。
「相手の男、どっかの社長の息子なんだろ?お前の親父さん、大喜びだろうな」
「…いや、そうでも…無い。というか…その話、もう消えた」
言い難いことを言わせるなよッ!!
龍に似た謎の生物が脳内で猛り狂っていたが私はその髭を手綱代わりに握り締め、必死で自分の感情をコントロールしようとする。
「ええっ?!それってどういう意味だ??まさか、いや、だって婚約したって聞いたのはつい最近だぞ??お前と同じ会社に入った大友とかいう女が、俺の姉ちゃんの旦那の従姉妹で」
「嘘!理香子さん結婚したんだ?!おめでとう」
「え、ああ、有難う。って、まあそれはどうでもイイんだよッ!そんなことより奈緒、お前の婚約の話に戻すぞ」
「だから婚約破棄して慰謝料ドッサリ払ったよ」
「はあ?払ったってことは、お前起因か?」
「だって、どうしても好きになれないんだもん」
「あの親父さんがそんなこと許すはずないだろ」
「それがねえ私、死にそうな顔してたらしくて。最終的には一緒に土下座してくれたんだ」
一気に話して喉が渇いたので、思わず手元のお茶を飲み干した。うう、やっぱりマズイ。“このお茶マズイ”の表情を、“傷心”の表情だと誤解した東吾は、いきなり距離を縮めてきた。寄り目になりそうなほど、正面からガッツリと見つめられ。戸惑う私に彼はこう言うのである。
「あの時、俺、本当は別れたくなんて無かった」
「う…あ?」
このシリアスな場面で間抜けな声を出す私を、どうか許して欲しい。
「あの時、奈緒が成績ダダ下がりして、塾もサボるようになったとかで、生活態度が悪くなったのは俺のせいだって」
「…だ、誰が?」
「奈緒のお父さん。で、俺を叱るとかじゃなくて、頭を下げて頼んでくるから断れなくて…」
「だ、だって東吾と付き合ってること、私、誰にも言って無かったよ?!」
「俺が担任にバラした。だって、成績上がったのを、カンニングだとか疑ってきたから。だから奈緒と付き合ってて、勉強も教えて貰ってると話したんだ」
「…あ、それで…」
「俺の担任から奈緒の担任にその話が伝わり、奈緒の成績不振の理由が俺だということになってさ。それを聞いた奈緒のお父さんが、わざわざ俺に会いに来たんだよ」
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