clean freak に恋をして

ももくり

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9.過去の恋

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 ……
「ふあっ、それってマジ??真剣と書いて“マジ”??」
 
 京香さんの言い回しはイチイチ古臭いのだが、この人の美点は正にそこなのだ。見た目は百合の花のようにゴージャスで知的なクセして、実際に話してみるとダッサダサ。そのギャップが堪らないのである。

 …ここは社員食堂の一角で、我らは少し遅れて昼食に入った。なぜなら12~13時は激混みだからで。秘書は内勤とは言えサポート的な立場に有る為、全員同時に休憩に入ることは許されず。だからこうして3交代でシフトを組んでおり、私と京香さんは一番遅い14時からの休憩だ。
 
 お陰様で周囲にはほぼ人がおらず、こうして内緒話も気兼ねせずに出来る。もちろん京香さんにだけは、豊さんとの同居を打ち明けてあったのだが、更に結婚を申し込まれ、それを断ったことも追加で話し。その結果、先の古臭い反応をされたワケである。
 
「あ!秘書課のお二人だわッ。きゃあ~、ご一緒してもいいですか?」
 
 …今日はいつもと違う1日のような気がする。朝から結婚を申し込まれ、昼には今まで挨拶程度しか交わしたことの無い、受付嬢2人組に突然話し掛けられるだなんて。『はい』とも『どうぞ』とも答えていないのに、脳天から出ているような甲高い声でA子さんは私と京香さんにこう言った。
 
「あのっ、私たち辰野室長の大ファンでッ。もう、毎日毎日、噂しているんですよお。早速ですが、辰野室長に彼女はいますか?」
 
 もちろん京香さんは返事を言い淀む。私がその辰野室長からプロポーズされたことを知っているからだ。しかしそんな沈黙なんかお構いなしで、今度は受付嬢のB子さんが口を開いた。
 
「あらやだ、さすが秘書課!!仲間の個人情報は死守するんですねッ?!じゃあ、彼女の有無はもう訊きません。その代わり飲み会をセッティングしてください。そうしていただければ後は自力で頑張りますッ。秘書課と受付の親睦会という名目でどうですか」
 
 う…っ。
 なんかもう面倒な展開になるとしか思えない。

 ていうかさ、どっちの課も女だらけでしょ?男は豊さん1人だけで、ハーレム状態じゃん?でも、あの人、すっごい神経質だから、外食するときの注意事項がいろいろ有って。アナタたちの思い描く、クール眼鏡でカッチョイー辰野室長像が、ドンガラガッシャーンと崩れるけどイイの?
 
 などと言えるワケも無く。要検討ということで、連絡先を交換して別れた。
 
 
 
 
 まったく、今日は本当におかしな1日だ。朝から結婚を申し込まれ、昼にはそんなに喋ったことの無い受付嬢2人に豊さんとの飲み会をセッティングしろと言われ、夕方には…。

「奈緒?久しぶりだなあ、俺だよ、俺!」
「げっ、東吾?!」
 
 食料買い出しのために入ったスーパーで、死んでも会いたくなかった幼馴染と再会し。抵抗も虚しく彼の家へと連れて行かれ、こうしてクソ不味いお茶を飲んでいるところだ。
 
 …瀬尾東吾せお とうごは私と同じ年齢で、
 その特徴はひと言で表すと“女の敵”だ。
 
 小学生の頃に両親が離婚し、2つ年上の姉と共に母親に引き取られたのだが、数年でその母親が再婚。よくある話なのかもしれないが、新しい父親に暴力を振るわれた子供たちはウチの近所に住んでいる祖父母の元へ逃げ込み、それ以降、成人するまでこの町で暮らした。
 
 こういう境遇の男のコは、2パターンに分かれて育つだろう。
 
 1つは暗くて陰気な地味キャラ。
 
 そしてもう1つは憂いを含んだモテキャラ。
 
 残念ながらその差は単に容姿の違いなのだが、東吾はまさしく後者の方だった。この男は、とにかくアホみたいにモテた。『面の皮1枚の違いで、どうしてこんなに?』と問いたくなるほど、本当にモテモテだった。一緒に野っ原を走り回り、泥んこになって遊んだ私をいつしかコイツはバカにし、避けるようになって。
 
 そういう遊びではなく、いわゆる“女遊び”に精を出すのである。
 
 変わっていく幼馴染に驚いているうちに、どんどん距離を広げられ。会話は無くなり、いつしか挨拶すらしなくなって。同じ高校へと進んだが、特に接点も無く。一生このまま交わることも無いのだろうと思った頃に突然、東吾から話し掛けられた。
 
 このままでは希望の大学に進めないので、勉強を教えて欲しいのだと。
 
 どうか周囲には内緒でお願いしますと。

 長年、放っておかれた憤りよりも頼られたことの方が数倍嬉しかったので、『喜んで』と即答した。場所は東吾の部屋。なぜなら父が神経質なせいで我が家は他人の出入りを制限されていたし、東吾の部屋はいわゆる離れで、彼の祖父母や姉と遭遇せずに入れたからだ。
 
 サボリ癖のために勉強が遅れていただけでもともと頭の良い男だったから、みるみるうちに成績は上がり。志望大学も合格圏内となった。だから『もう私は必要無いね』と伝えたところ、珍しく東吾が真剣な表情でこう言ったのだ。『バーカ、俺の気持ち、分かってるだろ?』と。
 
 恋愛に不慣れな私は、その一言で舞い上がった。この男が今まで付き合った可愛いだけの女と、自分は全然違うのだと本気で思い込み、なんとそのまま処女喪失。
 
 …若さ故の暴走というヤツだ。
 
 勝手に彼女気取りで、せっせせっせと東吾の元に通い続け。授業は上の空で塾もサボリまくった結果、成績は急降下。『女なんだから少しくらいバカでも平気。なんなら将来は東吾のお嫁さんにして貰おう』…などと脳内お花畑でいたら、突然、現実を突きつけられたのである。
 
 いつも通り東吾の部屋に行くと、いかにもギャルな女のコがそこにいて。奥から慌てた様子の彼が出てきたかと思うと、気まずそうにこう言った。

「ごめん奈緒。もう飽きたから来ないでくれ」
 
私は驚くほど簡単に、それを了承したのだ。
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