clean freak に恋をして

ももくり

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12.ナイショの関係

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 ……
「だっ、だからね、東吾。一緒に来られるとすごくすごく困るのッ」
「いや、だって状況確認は必要だろうが!!お前がどんな生活をしているのか見せて貰うぞ」
 
 押しに弱いのは自覚しているが、
 これはもうその次元を超えている気がする。
 
 犬の世話や家事を分担出来るから今すぐにでも同居して欲しい…と熱望され、それを断ったところ、我が家を見学させろと。そんな義理は無いと必死で抵抗し、逃げるように東吾の家を出たものの、いつの間にか後をつけられていて。もちろん自宅住所は知られているから、逃げることも出来ないのである。

 まさか義兄と男女の関係になっていて、プロポーズされており、しかも今からその義兄が私の好きなところを発表してくださるだなんて言えるはずも無く。残念ながら徒歩10分程度で、我が家に到着してしまう。
 
「お、お願いだから大人しく帰ってよ~」
「いや、だってその義兄とやらを…」
 
 ここで自動ドアかと思うほど、抜群のタイミングでドアが内側から開いた。
 
「おかえり、奈緒さん。遅かったね」
「た、たただだいまですっ」

 動揺する私の両肩をグイと掴んで右に移動させ、東吾が深々とお辞儀しながら挨拶した。

「初めまして、お義兄さん。僕は奈緒さんとお付き合いさせて頂いている、瀬尾東吾と申します」
 
 東吾オオオオオオオオオ!!

 こちらを見詰める豊さんの表情は、『何のつもりじゃ、ワレ?!』と叫んでいる。だから私は必死で言い訳するのだ。
 
「ち、ちが、違いますっ。この人は幼馴染で、それこそ8年ぶりくらいに再会したので付き合っているとか嘘なんです!」
「…こんなところで騒いでいると、また近所の奥様方に噂されてしまうじゃないか。とにかく中に入りなさい」
 
 ハイッ!!
 威勢よく返事してスタスタと中へ入ると、東吾もそれに続いた。

「…先程の電話で、幼馴染のことを“彼女”と呼んでいたが、俺の目には男性に見えるのだが」
「嫌味ですね?!甘んじて受け止めますッ」
 
「早く帰れと言っておいたのに、俺とキミの“早い”には認識のズレが有るかな」
「い、いいえっ。豊さんの認識で正解ですっ。私がアクシデントに対応出来なかっただけで…」
 
 だって知っていたのだ、豊さんのハードワークっぷりを。定時で帰るのはかなり大変だったに違いない。その苦労を思うだけでも、申し訳ない気持ちで胸がイッパイになった。

「…なんかさ、奈緒、…お前もしかして洗脳とかされているんじゃないか??」
「は?東吾、変なことを言わないでよッ」
 
「だって、おかしいよ。この男、まるで奈緒を奴隷扱いにしててさ。たかが1、2時間帰るのが遅くなったくらいで、どうしてそんなに謝らなきゃいけないんだ?」
「そ、それは、今日はもともと約束してて、豊さんはその約束に間に合うようにと、仕事を調整し、帰宅してくれていたからで…。とにかく人の家のことに口を出さないでよッ!」
 
 胡坐をかき、腕組している豊さんはヨシヨシと言わんばかりに何度も頷く。
 
「いやいや、気付けって。家族というのは、そんなんじゃ無いだろ?もっと安穏として寛げる間柄のはずなんだよ。そんなガチガチの主従関係は変だって」
「ガチガチの主従関係なんかじゃ…」
 
 無い、とは言えなかった。だって分かっていたのだ。私はどんな命令でも従順に受け入れる、とても便利な奴隷なのだと。たぶん、私は豊さんのことが好きだけど、豊さんはそういう意味で私を好きにはならない。

「…あるかも。はは、…は」
「ほらな?奈緒、やっぱり俺んちで暮らせよ。俺はお前を縛り付けないし、家事も分担するぞ。なあ、悪いことは言わないから、そうしろって」
 
 …正面には豊さんが座っていて、隣には東吾が座っているのだが。その正面から腕が伸びて来て、何故か私は胡坐をかいている豊さんの膝の上に乗せられてしまった。
 
 ぎゅむっ。
 
 更に後ろから羽交い絞めにされている。えっと…どうすればいいんだ、コレ。
 
「ゆ、豊さん?ご乱心でしょうか??」
「ああ、そうだな。心が千々に乱れているかもしれない」
 
「ふ、風雅な表現ですね。一瞬、目の前に桜吹雪が浮かびました」
「うむ」
 
 そんな会話を交わしながらも、私は気づいていたのだ。羽交い絞めにしているその腕の力が、尋常では無いことを。痛い、このままでは肋骨が折れそうだ。

「豊さん、ちょっと…いえ、かなり苦しいです」
「だって離したら逃げて行くだろう?」
 
「に、逃げませんよ」
「絶対か?」
 
 コクンと頷くと、そろりそろりと腕が緩められ、改めて私は豊さんの隣に座布団を敷き座り直す。するとすかさず東吾が口を挟んだ。
 
「…あの、さっきから見てるとさ、とても兄妹って感じがしないんだけど。ひょっとして2人ってそういう…」
 
 咄嗟に浮かんだのは、両親の顔で。
 
 ここで肯定してしまえばきっと、東吾の口からアッという間に豊さんとの関係が近所へ広がるに違いない。そうすると近所から、伝わってしまうだろう。…もうすぐ一時帰宅するというウチの両親に。それだけは避けたい。だって、婚約破棄したばかりなのに凝りもせずに新しい男、しかもそれが後妻の大事な愛息と分かれば、父を悲しませること間違い無しだ。
 
「バ、バカね、違うに決まってるでしょ!何を好き好んで、面倒な男を選ぶのよ~」
 
 ピクッ、と豊さんの動きが止まった気がする。それに気付かないフリをしたままで私は続けた。
 
「それにほら私の好みのタイプって、もっと…」
「ああ、俺みたく大らかな男だろ?そう言えば奈緒さ、俺と付き合ってた頃はよく愚痴ってたよなあ。親父さんが几帳面過ぎて、息が詰まるとかなんとか。やっぱ男で神経質なのって面倒臭いもんな」
 
 そんな風に同意を求められても、ハイと言えるワケ無いのに。しかし東吾はふてぶてしく笑い、何度も『な?』『な?』と訊いてくる。とにかくこの男を早く追い出したかったので、仕方なく『ウン』と答えたのだが。そんなこんなで、その数十分後に東吾は去り。謝罪と言い訳をしようと豊さんの正面に座り直した途端…。
 
「俺、もう寝るわ」
「えっ?晩御飯は??あの、豊さん??」
 
 まるでシャッターを閉めるかのように、彼は心を閉ざしてしまい。
 
 翌朝、私が起きた頃には既にいなかった。
 
 
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