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13.彼の宣言
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「だって、早く予定を立てたかったんですもの」
「えっと、でっ、でもですね。それは私の一存じゃ決められないと言うか…」
秘書は最上階、受付嬢は1F。
それがお互いのホームのはずなのに、地下更衣室で着替えてエレベーターに乗り込んだあと、気付けばアウェイである1Fにいた。豊さんのいない朝は恐ろしいほどサクサクと全ての物事が進み、30分も早く出社してしまったせいだ。まさか受付嬢たちが地下から1Fまでの移動にエレベーターを使用するとは。そして多忙な秘書をムリヤリ拉致るとは。
「休前日の方が時間を気にせず楽しめますよね。あ、でも、辰野さんがメインなんだから、彼の予定を優先して考えてくださいよ」
「えっ、あ、はい」
受付嬢のA子さんこと、羽村さんは私の1つ下。
受付嬢のB子さんこと、末永さんは私の1つ上。
以前は末永さんより2つ上の京香さんがいた為、強い態度に出られたのだが今は違う。年上の方を敬うという習性を持つ私は、ただひたすらその要望を聞かされ続けていた。とにかく早く豊さんとの飲み会をセッティングしてくれと。彼の好みのタイプを事前に教えてくれと。
「いや、でも、タイプなんて事前に聞いてもどうすることも出来ないかと…」
「あら、それに寄せることは可能だわ。清純タイプが好きならそれっぽい服装で行くし、知的タイプが好きなら眼鏡でも掛けて行くわよ」
いったい何なんだ、このガッツ。ていうかこの2人、朝からすることは無いの?私はね、秘書課の中では思いっきり下っ端で、朝はやることがヤマのように有るんですっ。…などと言えるはずも無く、曖昧に微笑んでツラツラと答えた。
「辰野室長はとても几帳面で綺麗好きですので、たぶん…我慢強い女性がお好きですよ」
事実だし!!
ていうか自分のことだし!!
さあこれで持ち場に帰らせてくださいと目で訴えたのに、そうは問屋が卸さなかった。
「ボンヤリした女性像ねえ。具体的に言ってよ」
ぐ、具体的?それはすなわち、芸能人なんかで例えろと?私…誰かに似てると言われたこと有ったっけ?いや、待て待て。豊さんの好きなタイプを自分だと思っているが、そうとは限らないぞ。
「の、後ほど確認しておきます」
「あらそお?仕方ないわねえ」
なぜこの人たちは、こんなに上から目線なのか。
しかし朝の1分1秒は非常に貴重なので、どうにか話を切り上げ、ダッシュで最上階へ。エレベーターを降りるとそこには、たぶん社長を見送った後であろう豊さんが深々とお辞儀をしており。ゆっくりと顔を上げたかと思うと、そのまま私と視線がぶつかる。
「あ」
「う」
気まずい、非常に気まずい。それでも職場なのだから挨拶をしようとしたが、『お』の1文字しか言わせて貰えず、豊さんはそのまま足早に走り去ってしまった。日頃から『社内を走るな』と言っているのは豊さんの方なのに。自ら禁を破るとは、かなり動揺している証拠であろう。
私はとにかく問題を早期解決したかったので、競歩の要領で彼の後を追った。
「おはようございます!辰野室長」
「ああ、おはよう広田さん」
「ちょっとお時間宜しいですか?」
「今は無理だな」
「ではいつでしたら宜しいでしょうか?」
「……」
む、無言??
そしてようやく彼は足を止めてくれた。
「あの、いろいろと誤解が有るようなので、それを解きませんか?ほら、こっちこっち」
「おい、こっ、こら、まったく強引だなッ」
ムリヤリ連れ込んだのは応接室で。窓も無いこの部屋で照明も点けずに話し出す。
「昨日の件ですけど、あの男とは本当に何も無いですから」
「でも、付き合っていたんだろう?」
なんだこの可愛い生き物は。普段、あんなに俺様で偉そうなクセして、なぜ急にモジモジしやがるのだ。
「そ、それは高校時代の話で、父に交際を反対されて呆気なく別れて以来、まったく会っていませんでしたから」
「でも、奈緒さんは俺のことを『面倒』だって」
「それは、血が繋がらないとは言え、義兄という面倒な関係の男を…という意味です。ああでも言っておかないと、アイツ…東吾経由で近所中に私達の仲が伝わり、最終的にはウチの父の耳に入ってしまうでしょ」
「耳に入ってはダメなのか?」
「い、今はまだ時期尚早だと思いませんか?何と言っても私は婚約破棄したばかりで、その直後に義理の兄とデキちゃうって…。ウチの父、絶対に激怒しますよ」
「なんで?」
「ですから、節操が無いと言うか、世間体が悪いと言うに決まっています」
「俺、別に平気だけど」
会話がまったく前に進まない。ずっと足踏み状態だ。
「逆に、なんでですか?」
「親なんてものはな、反対するフリをして試してるだけなんだよ。この程度で諦めるような男に娘はやれん!…ってな。取り敢えず、ひたむきな感じをアピールしておいて、どんな逆境でも耐え抜きます的な態度でいれば、喜んで交際を認めてくれるだろう。そして俺は、そういう攻略が非常に得意だ。先に宣言しておこう!絶対に俺は、息子としてだけでは無く、娘婿としても気に入られるだろう!!」
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