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14.切ない気持ち
しおりを挟むはァ…と弱々しく相槌を打つ私に、豊さんは尚も続ける。
「そんなことよりも、肝心なのは当人同士の気持ちだ。奈緒さんは…その、本当に俺が…、めっ、面倒では無いのか?」
いやいや、ココは『好きなのか?』と訊いてくるべき場面でしょうが。呆れながらも私は答えるのだ。
「ええ、全然。こちらからも質問ですが、豊さんは私のことを恋愛対象として好きなんですか?」
「うん」
どうしてだろうか。期待通りの返事のはずが、妙に物足りない。
「何がいけないのかしら?どことなく信憑性に欠けると言うか、なんか薄っぺらいと言うか…」
「じゃあ、『はい』にしとくか?」
「そ、そうじゃないんですよっ。もっと切なげな表情で言ってみてください」
「切なげってどんな表情だよ」
「そんなもん自分で考えてくださいよ」
「考えても分からないから言っているんだろ」
朝の貴重な時間を、こんなことで消費する我ら。しかし今さら後には引けないのだ。
「オ、オシッコを我慢するみたいな表情です」
「俺、排泄行為を我慢したこと無いんだけど」
「わあ、それは凄いですね!」
「ていうか、何の話だったっけ、コレ」
「……」
「……」
恋愛物語の始まりとして誰もが美しく、より印象的にしようとするその部分を。どうしてオシッコ我慢の話で終わったのか。なんだかもう、この男を相手にすると何をどうすれば良いのか分からなくなる。
「そう言えば、私の好きな部分を書いた原稿用紙をまだ貰っていませんが」
「う…ああ。あれは深夜に書いたポエムの如く、読み直すと恥ずかしくて死にそうになったので、捨ててしまったよ」
「そうですか。非常に残念です」
「期待させて申し訳ない」
「えっと、そう言えば受付の方々が秘書課との交流目的で飲み会を開いて欲しいと」
「受付と?」
「交流は建前で、本当の目的は豊さんですよ。実は受付の方々に、独身のイケメン秘書室長と仲良くなるため一席設けてくれと言われました」
「へえ」
「嫌なら断りますけど。どうしますか?」
「…別にイヤでは無い。今週金曜あたりで打診しておいてくれ」
ふうん、そっかあ…と思った。この人の『好き』はやはりその程度なのだ。私に結婚を申し込んでおきながら、
他の綺麗どころから誘われればこんな風にホイホイ乗っかるのである。
「結構、節操無いんですね…」
「は?」
その耳に届かないほど小声のつもりだったのに、無音の空間では異常なほど大きく響いてしまう。
「いえ、何でも無いです」
「奈緒さんが安請け合いしてくるからだろう?俺だって嫌だが仕方ないじゃないか」
「…言い方」
「何がだよ」
「もっと優しく言えないんですか?!」
「オシッコ我慢してる女に言われたくないよ」
「その話、今は関係無いでしょ?!」
「有るよ!お前いま、そういう顔しているぞ」
そっか…。
私、切ないんだ。
本当はそんな出会い目的の飲み会、スッキリキッパリ断って欲しかったのに即OKされて、傷ついているんだ…。厄介なのは豊さんだけじゃなくて、私も相当だ。自分で話を持ってきておきながら、本当は断って欲しかっただなんて。
そんなこんなで結局、飲み会は金曜で決定した。
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