かりそめマリッジ

ももくり

文字の大きさ
1 / 111
<零>

その1

しおりを挟む
 
 
 名は体を表すとは上手く言ったもので、
 兼友課長は見るからにお金持ちそうだ。

 珍しい名字だがケンユウでは無く、カネトモと読むのである。金の友…いかにも。ブランドだの何だのには疎い私だが、でもこれだけは分かる。高そうなスーツ、高そうなネクタイ、高そうな腕時計、高そうな靴…。『カネ、持ってんだぞ──ッ』と全身で叫んでいるかのようだ。

 兼友 正親カネトモ マサチカ

 創業115年の歴史を誇り、未だに男尊女卑や年功序列という古い体制が蔓延る我が“帯刀タテワキフーヅ”にて、27歳という異例の若さで課長にまで昇進し。しかも一目で相手の心を奪ってしまうという、恐ろしいまでの男前っぷり。

 そんじょそこらの女性…下手をすれば、男性までもがこの男のせいで自滅するため、厳選された人物のみがその周囲にいることを許されているのだ。かく言う私もその許された人物の1人である。

 今までのエピソードを掻い摘んでお話すると、ある者は課長に見惚れて重要データを消去し。ある者は課長と話すだけで緊張すると騒いで、電話取次を第三者経由で行なう有り様。

 それが判明し、誰よりも猛り狂うのは何を隠そう課長本人で。神様のように崇め奉っている彼から烈火の如く叱咤されたことにより、廃人となる人間が続々と出現。…最後には皆んな退場していくのだ。

「松村さん、朝イチで依頼しておいた資料は」
「はい、あと10分で完成予定です」

 さて、遅れて挨拶させていただくが、私がこの物語の主人公である松村レイ。紛らわしくて申し訳ないのだが、これでも一応女性だ。零…それはすなわちゼロを意味する。両親も上手い名前を付けてくれたものでただいま絶賛、金欠中。

 話せば長いことながら、23歳の私には3歳上の兄と5歳下の弟がおり。両親は幼い頃に交通事故で他界した。あちこち親戚をたらい回しにされた挙句、最終的には兄がそこそこの年齢に達したので兄弟3人だけで暮らすことになり。かなりの額の保険金が入ったから、余裕で3人とも大学まで通えると。

 兄の言葉を信じて、私は大学へと進んだのだが、卒業後に兄が泣きながらこう告白したのである。実は私が大学2年の頃に保険金は使い切ったと。残りは兄が自分の給料で補填していたのだと。この調子で弟の大学進学も援助するつもりだったが、交際中の彼女を妊娠させてしまったそうで。

 新しい命を授かったのだから、もちろん父親として責任は果たすつもりだし、結婚するとなると弟への援助は厳しくなる。…そんな話を聞かされて、どうして兄を責められようか。

 ちょうど私も就職するワケだし、兄が私にしてくれたように、今度は私が弟に援助します!そう断言して私は兄の結婚を祝福した。奨学金という手も考えたが、『返済出来ずに破産申請した』という声もそれなりに多かったので除外したのだ。

 弟は兄弟の中で最も成績優秀で、幼い頃から医者を志しており。その夢が叶ってようやく医大へと進んだので、学業を優先するよう伝えバイトは一切禁じた。溢れるほどの姉弟愛…いや、最早、母性愛で私はひたすらコツコツとお金を節約し、弟に貢ぎまくっているのである。

>姉さん、ゴメン。
>この器材を自費購入しろと言われたんだ。

>教授の自著を参考にして論文を書けって。
>それが結構、高額なんだけど…。

 目に見えて嵩んでいく出費。このままでは食うにも困ると察した私は、とうとう禁断のアレに手を出す。…そう、副業である。
 
 友人のそのまた友人からの紹介だったのだが、繁華街のビル地下にある寂れたバーでホステス。下戸な自分には一生、縁の無い職種だと思っていたけれども背に腹は代えられない。死に物狂いで頑張っていたら何故か評判になり、口コミで男性客が増え出して。

「うあああああ~ッ、悲しみという名のおおっ荒波を乗り越えええて~ん」
「ヒュウヒュウ!今夜も熱唱だねミドリちゃん」

 ちなみにミドリというのは私の源氏名だ。

「社長!今夜もご来店、有難うございまーす!何名様でしょうかァ」
「あはは、相変わらず元気がいいなあ。今日は超男前を連れて来てやったゾ」

「やったあ!男前、大好物でーす」
「じゃあ俺のことも大好物だな?」

「も、もちろんでーす」
「こいつゥ!」

 あはは、あはは…。

 くさい青春映画みたいな笑い声で和んでいると、社長の背後から長身のその人がヌッと顔を出す。

 あは…ふおおおおおおおッ!!

「何してんの、お前?」
「か、かかか、課長…」

 いつ見ても麗しい兼友課長が、鬼の形相でそこに立っていて。

「おいこら、逃げんなッ」

 私は思わずその場から立ち去ったのである。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模るな子。新入社員として入った会社でるなを待ち受ける運命とは....。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

処理中です...