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<零>
その1
しおりを挟む名は体を表すとは上手く言ったもので、
兼友課長は見るからにお金持ちそうだ。
珍しい名字だがケンユウでは無く、カネトモと読むのである。金の友…いかにも。ブランドだの何だのには疎い私だが、でもこれだけは分かる。高そうなスーツ、高そうなネクタイ、高そうな腕時計、高そうな靴…。『カネ、持ってんだぞ──ッ』と全身で叫んでいるかのようだ。
兼友 正親。
創業115年の歴史を誇り、未だに男尊女卑や年功序列という古い体制が蔓延る我が“帯刀フーヅ”にて、27歳という異例の若さで課長にまで昇進し。しかも一目で相手の心を奪ってしまうという、恐ろしいまでの男前っぷり。
そんじょそこらの女性…下手をすれば、男性までもがこの男のせいで自滅するため、厳選された人物のみがその周囲にいることを許されているのだ。かく言う私もその許された人物の1人である。
今までのエピソードを掻い摘んでお話すると、ある者は課長に見惚れて重要データを消去し。ある者は課長と話すだけで緊張すると騒いで、電話取次を第三者経由で行なう有り様。
それが判明し、誰よりも猛り狂うのは何を隠そう課長本人で。神様のように崇め奉っている彼から烈火の如く叱咤されたことにより、廃人となる人間が続々と出現。…最後には皆んな退場していくのだ。
「松村さん、朝イチで依頼しておいた資料は」
「はい、あと10分で完成予定です」
さて、遅れて挨拶させていただくが、私がこの物語の主人公である松村零。紛らわしくて申し訳ないのだが、これでも一応女性だ。零…それはすなわちゼロを意味する。両親も上手い名前を付けてくれたものでただいま絶賛、金欠中。
話せば長いことながら、23歳の私には3歳上の兄と5歳下の弟がおり。両親は幼い頃に交通事故で他界した。あちこち親戚をたらい回しにされた挙句、最終的には兄がそこそこの年齢に達したので兄弟3人だけで暮らすことになり。かなりの額の保険金が入ったから、余裕で3人とも大学まで通えると。
兄の言葉を信じて、私は大学へと進んだのだが、卒業後に兄が泣きながらこう告白したのである。実は私が大学2年の頃に保険金は使い切ったと。残りは兄が自分の給料で補填していたのだと。この調子で弟の大学進学も援助するつもりだったが、交際中の彼女を妊娠させてしまったそうで。
新しい命を授かったのだから、もちろん父親として責任は果たすつもりだし、結婚するとなると弟への援助は厳しくなる。…そんな話を聞かされて、どうして兄を責められようか。
ちょうど私も就職するワケだし、兄が私にしてくれたように、今度は私が弟に援助します!そう断言して私は兄の結婚を祝福した。奨学金という手も考えたが、『返済出来ずに破産申請した』という声もそれなりに多かったので除外したのだ。
弟は兄弟の中で最も成績優秀で、幼い頃から医者を志しており。その夢が叶ってようやく医大へと進んだので、学業を優先するよう伝えバイトは一切禁じた。溢れるほどの姉弟愛…いや、最早、母性愛で私はひたすらコツコツとお金を節約し、弟に貢ぎまくっているのである。
>姉さん、ゴメン。
>この器材を自費購入しろと言われたんだ。
>教授の自著を参考にして論文を書けって。
>それが結構、高額なんだけど…。
目に見えて嵩んでいく出費。このままでは食うにも困ると察した私は、とうとう禁断のアレに手を出す。…そう、副業である。
友人のそのまた友人からの紹介だったのだが、繁華街のビル地下にある寂れたバーでホステス。下戸な自分には一生、縁の無い職種だと思っていたけれども背に腹は代えられない。死に物狂いで頑張っていたら何故か評判になり、口コミで男性客が増え出して。
「うあああああ~ッ、悲しみという名のおおっ荒波を乗り越えええて~ん」
「ヒュウヒュウ!今夜も熱唱だねミドリちゃん」
ちなみにミドリというのは私の源氏名だ。
「社長!今夜もご来店、有難うございまーす!何名様でしょうかァ」
「あはは、相変わらず元気がいいなあ。今日は超男前を連れて来てやったゾ」
「やったあ!男前、大好物でーす」
「じゃあ俺のことも大好物だな?」
「も、もちろんでーす」
「こいつゥ!」
あはは、あはは…。
くさい青春映画みたいな笑い声で和んでいると、社長の背後から長身のその人がヌッと顔を出す。
あは…ふおおおおおおおッ!!
「何してんの、お前?」
「か、かかか、課長…」
いつ見ても麗しい兼友課長が、鬼の形相でそこに立っていて。
「おいこら、逃げんなッ」
私は思わずその場から立ち去ったのである。
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