かりそめマリッジ

ももくり

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<零>

その4

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 うふっ、うふふふっ。
 きゃはっ、きゃははっ。

 …ゼェ、ゼェ。

 うふん、やだあ、そうなんですよお。
 ルルルン、ラララララン。

 …ゼェ、ゼェ。

 何をやっているのかを解説しよう。

 課長との偽装結婚をより自然に見せるため、『素敵な男性と交際出来て、最高に幸せな私!』というテイで浮かれて見せろとの指令を受けた。なぜならば、この期間が無いと周囲の人々が怪しむと。

 給湯室で鼻歌を唄ったり、
 チラチラとスマホを見たり、
 いつもと違う色の口紅を塗ったり。

 私なりに精一杯頑張ったつもりなのだが、課長はそれでもまだ足りないと。

「おいこら、もっと浮かれて見せろ。周囲がドン引きするほどじゃないと、相手がこの俺だと判明した時に説得力が無い」
「ええっ?!これ以上、喜べませんよ」

「やれと言ったら、やれ」
「うう…はいぃ」

 仕方なく、思いつく限りの方法で喜びを表現してみることにした。

 廊下で突然スキップしたり、
 休憩室でいきなり踊ってみたり、
 時折、ウットリと課長を見つめてみたり。

 ここまで来ると既に奇行の域に達しているが、『いい仕事をしたな』と言われるまで止めるワケにはいかないのだ。

 何が悲しいって、これをプライベートでも実行しなければならないのである。

 現在、私は弟と2人だけで築45年6畳2間の安アパートに住んでおり。弟に真実を悟られぬよう、恋愛ボケお姉ちゃんを演じなければならぬのだ。

 先日、課長からUSBメモリーで渡された『契約書』は恐ろしいほどのボリュームで。結婚に対する心得や禁止事項に加えて、家系図、家事の役割分担や事前にしておくべき習いごと、スケジュール表まで入っていた。

 それに寄ると恋愛期間は1カ月、
 婚約期間は2カ月で
 結婚期間は1年間らしい。

 恋愛期間を予定通りの日程で完了させる為にも、私のウキウキ・アピールが重要なのだそうだ。

 くっそ、面倒臭い。早く誰か私の奇行に気づいてくれないだろうか。…そんな期待を抱いていたら、同じ部署の柳沢さんが隣席の岩佐さんに向かいボソリと呟く。

「なあ、なんだか松村さんって、兼友課長と怪しくないか?」

 いいぞ、柳沢!
 さすが35歳既婚男性だ。
 ヒュウヒュウ、観察眼が鋭いねッ!!

「はあ?んなワケないでしょうよ。その組み合わせは有り得ないって」

 28歳の岩佐さんがソレを激しく否定するのは、どうやら彼女は本気で課長に惚れているらしく。自分以外の女性との噂を信じたくないからだろう。

「零…じゃなくて松村さん、ちょっと」
「はいっ、課長」

 きっと柳沢さん達の話を聞いていたに違いない。だからこのタイミングでワザと呼び間違え、こんな欲にまみれた目で私を見ているのだ。しょうがないので私も目を細めてみる。ちなみに、脳内に浮かべているのは姪っ子の顔だ。

 唯衣、可愛いよ、唯衣。
 んもう食べちゃいたい。

>ああっ、ほら!!
>すげえ愛おしそうに見つめ合ってるぞっ。

>ええっ、嘘ッ?!

「(ヒソヒソ)松村、お前いま何を考えてる?」
「(コソコソ)姪っ子の姿を思い浮かべてます」

「(ヒソヒソ)俺は今月の売上。かなり凄いぞ」
「(コソコソ)それは良かったですね」

「(ヒソヒソ)トドメを刺すからもっと近寄れ」
「(コソコソ)はいはい、これでいいですか?」

 顔を近づけると、耳打ちされるフリで思いっきり耳朶を舐められてウッカリ赤面する。

>うわあ、やっぱ確定だな!
>あの2人、絶対に付き合ってるって。

>きゃああああ。ヤダ──ッ。

「はい、戻ってヨシ」
「なんだか賑やかなことになりそうですね」

「頑張れ」
「頑張ります」

 ええ、1000万円分の働きをしますとも。

 折れそうになる心を必死で奮い立たせ、私はスキップしながら自席へと戻る。すると、着席した途端に敵が来襲。

「ちょっと松村さん、いいかしら?」
「はい、何でしょうか岩佐さん」

 腕組しながら威圧…いや、これはもう圧迫感をたっぷりと醸し出して5年先輩のその人は言う。

「もしかして兼友課長を狙っているの?だったら諦めなさい。あの方はそういうんじゃないから」
「えっ、…あの、どういう意味で…」

 業務中にそんな話をしてくるなんて、この人もなかなかのポンコツだ。だが逆に考えてみれば、これは熱愛宣言が出来る絶好のチャンスなのかもしれない。アピールタイムが到来していることを課長に目配せする私。しかし、彼は『もっと粘れ』と目で合図してくる。

 ふっふっふう。私が職場では目立たず地味でいようとしたのは、副業がバレないようにと思っていたからで。その副業を辞めた今は、どんなに悪目立ちしようと平気なのだ。

 さあ、かかって来い女戦士よ。

「さっき柳沢さんから聞いたのよ、アナタと課長が最近2人だけで食事してるって。もしかして相談ごとが有るとか嘘を吐いて、お忙しい課長の貴重な時間を奪ってはいない?」
「……」

 無言!
 そして思わせぶりな課長チラ見攻撃!

「黙っていたら何も分からないでしょ?!勝手に憧れる分には問題無いわ。でも、暴走して迷惑を掛けているのならば、この私が止めさせて貰う。ねえ、察してあげて?課長はお優しいから断れないだけなの。もうしつこく付き纏うのは止めなさい!!」
 
 
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