かりそめマリッジ

ももくり

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<零>

その14

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 …………

「どうも初めまして、政親の父です」
「母です」

 と言うワケで、
 いよいよ課長のご両親と対面だ。

 私はこれほどまでにDNAの偉大さを感じたことは無い。

 課長が女装してる…。

 いや、そのくらい似ているのだ。
 たぶん女性にしては身長も高い方だろう。

「初めまして、松村零と申します」

 本当に好きな男性の両親の前なら緊張もするが、そうではないので堂々としたものだ。

 さあ、かかってらっしゃい!と脳内でファイティングポーズをするほどに。

「いいわよ、合格。政親、結婚はいつにする?」
「予定通り2カ月後」

「分かったわ、それで日程を組んでおく。これ、招待客と引き出物リストよ」
「分かった、早急に発注数を決めておこう」

「式場は予約済よ。仲人は無しでいきましょう。どうせ誰にしても角が立ってしまうのだから」
「分かってる」

 えっと。
 なんか私、ここにいる意味無くない?

 ソックリ母子が式について次から次へと決めていき、それを傍観するしかない私。

 トントン。

 誰かに肩を叩かれ、ふと振り返るとそこには恐ろしいほど地味な女性が立っていた。

「うふっ、初めまして兄嫁の茉莉子です。零さん、ちょっと手伝ってくださる~?」
「えっ、ああ、はいっ!」

 よし、任務を与えられたぞ。

 ウキウキとその後ろからついて行くと、そこは大理石が敷き詰められた宮殿の如きキッチンで。

 茉莉子さんは突然ケーキにフォークを突き刺し、私の前にグイッと差し出した。

 い、嫌がらせ??…じゃないな。
 どうやら悪意は無いようだ。

「これね、とっても美味しいの。予約しても2カ月待ちとかなのよ。お義母様はああなると1時間コースだから、暫くここで寛いでいるといいわ」
「えっ、でも、そんな、大丈夫でしょうか?」

 茉莉子さんはズズッとアンティークっぽい椅子を引き摺って来て、私に座るようにと促す。

 おずおずと座ると、彼女もその前で腰を下ろし、嬉しそうにケーキを頬張り始めた。

 よくよく見ると茉莉子さん、可愛いな。オコジョとかコツメカワウソ系の顔だ。帯刀グループの後継者の嫁なのだから、たぶんお嬢様には違いないのだろうが。

「どうしたの?召し上がれ。コーヒーより紅茶の方が良かったかしら?」
「いっ、いえ。コーヒーの方が好きです。いただきます…って、美味しい!!激ウマです」

「さすが三ツ星レストランのパティシエが作ったケーキだと思うでしょ?」
「はい、思いますっ。このチョコレートケーキ、まったりとして濃厚なのに味に深みが有って。甘い物が苦手な私でもペロリと食べられますっ」

「ぐふふ…」
「えっ?!ど、どうしたんですか??」

「実はこれ、私が作ったの。嬉しいわ、そんなに気に入って貰えて!私ね、ここで同居しているんだけど、誰も美味しいって言ってくれないのよ」
「嘘!!こんなにこんなに美味しいのに?!」

 ぐえッ。

 解説しよう。突然、兄嫁が私を抱き締めており、その力強さときたらハンパ無いのである。

「本当に本当に嬉しいわ!!零さんのお陰であの鬼姑から解放されるのね」
「わ、私の…お陰??」

 泣くほど嬉しかったのか、目尻を拭いながら茉莉子さんは説明し出す。

「やだ、ごめんなさい。零さんを人身御供にするみたいな言い方をして。でも先に伝えておくわね、お義母様は本当に恐ろしい方。生半可な気持ちで関わると痛い目に遭うわよ」

 茉莉子さん情報によると、あのお義母様は1つのことに拘る傾向が有り、その拘り方がハンパ無いのだと。

「こう見えて私ね、165人いた花嫁候補の中から選ばれたらしいのよ」
「ひ、ひゃくろくじゅうごにん…」

「一応、日本では最高学府を卒業しているし、三大財閥の末裔で家柄もそこそこ良いのよ~。外見はご覧のとおり地味だけどねッ」
「い、いえ、そんなことは無…」

「いいのいいの、そこんとこは自覚してるから。当時のお義母様は、子供の頭の良さは母親から受け継がれると信じていたのね」
「それテレビでどこぞの学者も言ってましたよ」

 茉莉子さんはグサグサと乱暴にフォークでケーキを突き刺しながら続けた。

「私、頭脳と家柄だけで選ばれちゃったワケ。ところが、3年経っても跡取りは生まれなくて、普通ならデリケートな問題だし、遠回しに言うはずの催促を、あの鬼姑は直球で投げてきたわ」
「そ、それはお気の毒に…」
 
 未だにグサグサ刺され続けているケーキもお気の毒だ。ああ、見るも無残な形状に…。

「ほんとノイローゼになるかと思った」
「ノ、ノイローゼですか」

「1日10回は言われたわね。結局は榮太郎…あ、政親さんの兄で私の夫ね。アイツ側に問題が有ったんだけど、今度はそれをなかなか納得してくれなくて。とにかく血管切れそうだったわ」
「で、でも今はもう大丈夫なんですよね?」

 ボロボロになったチョコレートケーキを、今度はフォークの背部分で押し潰し、それを固めて再び元の形状に戻してしまった。…な、なんて器用な人なんだッ。

「ううん。可能性はゼロでは無いとかなんとか未だに言ってるわよ。本当に諦めが悪いったら」

 この後も流れるように説明は続けられた。

 それに寄ると、ほどなくしてお義母様の標的は次男である課長の結婚へと移ってしまい、それは彼自身がボヤいていたようにほぼ毎日、見合い話を持って行くほどだったと。

 こんな感じで目的を達成するまでスッポンのようにお義母様の攻撃は続くため、私と課長が結婚した暁には…。

「あ、暁には??」
「やだ~、分かってるクセに。跡取りが産まれるまで絶対に毎日通うわよ。…零さんの元に」

「えっ、でも、まだ新婚気分を味わいたいので、1年は子供を作らないつもりなんですが」
「あはは、あははっ!!やだもう、面白~い。…そんなの無理」

 ム、ムムムム、ムリ?!

 悪だくみをしているかのような表情で、茉莉子さんは私にこう言った。

「きっと政親さんのことだから、自分に対する関心を逸らすために零さんを差し出したのね。あの人もなかなかの鬼だから」
「ひ、ひいいい」

「あ、でも安心して。あんなに拘っていた母親のDNA信仰は消えたみたいだから」
「さ、365人から選ぶほど拘っていたのに?」

「違う、165人よ。365だと1年の日数ね。…そうなの、母親のDNAよりも、育てる人間が優秀だと子供も優秀に育つという説を今度は信じたらしくて。次はその路線で行くそうよ」
「う、うわお」

「とにかく零さん、子作り頑張って。後は鬼姑が育てて下さるそうだから」
「もいっちょ、うわお」

 1年で離婚予定なのに、どうするのこれ?

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