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<零>
その15
しおりを挟む「…レ、レイ、レイ」
「えっ?!あ、ま、政親さん」
一瞬、バカボンに出てくるオジサンかと思った。『お出掛けですかレレレのレイ』ってさ、あは。って、そんな愉快なこと考えてる場合じゃない。
子作りの件、じっくり話し合わなくては…と意を決した私に課長は言うのだ。
「いったい、何を考えているんだよッ。俺たち2人の結婚式について話し合ってるのに、呑気に茉莉子さんと寛いでる場合か?!ったく、いい加減にしろよな」
「えっ、あ…ごめんなさい」
あまりの剣幕に
ウッカリ謝ってしまったの巻。
私という人間は弱者には強く、強者には弱い。それは長年培われた処世術なので仕方ないのだ。
「まあまあ、政親さん。私がムリヤリ誘ったのが悪いのよ。でも、どうせ私の結婚の時みたいに、一方的にお義母様が決めてしまって、嫁には口を挟ませないんでしょう?じゃあ、話し合いの場にいても全然まったく意味無いわよね?」
つ、強い。
茉莉子さんもなかなかの強者だ。
どちらについて良いのか分からず、キョロキョロしているとラスボスがやって来た。
「零さん、こちらへ」
「お、お義母様…。長々と席を外して申し訳ありませんでした」
謝りながらも吸い寄せられるかのようにラスボスの元へ走る私。すると地味なはずの茉莉子さんが仁王立ちし、選挙の応援演説みたくハキハキと語り出す。
──先攻、
帯刀茉莉子くん。
「嫁は子を産む道具ではありません!!」
──後攻、
帯刀淑子(※お義母様の名前)くん。
「寝言は寝て仰い。帯刀グループは王国なの。タテワキ・キングダムを外部の攻撃から守り、内乱を避ける為にお世継ぎは絶対に必要よッ。
私もそうやってお姑さんから圧力をかけられ、それに耐えて男児を2人も産んだわ!茉莉子さん、貴女は長年、私たちが築き上げたこのキングダムを他人に譲っても平気なの?!」
「だいたい世襲制なんて今どき古いんですよ。外部の人間を取り入れて、活性化すべきです。他企業はそうやって自浄していますから。
それとも何ですか?お義母様は他社がそうして成功していることを、出来ないとでも仰るのかしら?」
──再び後攻、鬼姑。
「他所は他所、ウチはウチでしょう?とにかくタテワキ・キングダムでは血筋優先でいかせて貰いますからね」
──再び先攻、コツメカワウソ。
「だからって、嫁の感情を無視しないで下さい。零さんだって困ってるじゃないですか!」
「そんなこと無いわよッ!!ねえ、零さんは政親を愛しているから早くその子供を授かりたいわよね?!」
ひいっ、飛び火してきた。
どう答えてもどちらかを敵に回しそうだ。
冷や汗タラタラ状態の私の前に、広くて大きな背中が立ち塞がる。
「もういい加減にしてくれよ!俺は純粋に零に惚れて結婚するんだ。これ以降、跡取りだの何だのと零に言ったら、俺、この家とは縁を切るからなッ。
零を傷つける人間は、母だろうと兄嫁だろうと絶対に許さない!」
ヒュ、ヒュウヒュウ!
緊張感あふるる場面だと言うのに、他人事のような気がして茶化しそうになる私。
だってきっとコレ、演技だから。課長が私のことを本気で好きになるはず無い。
「んまあ、政親?!それ本気で言ってるの??」
「ああ、本気だ。俺は兄さんとは違うからな。大切な女性を守るためには親だろうと闘うぞ!」
『おい、榮太郎をディスったな』と茉莉子さんがブツブツ文句を言ったが、それをスルーして課長は私の肩を抱く。ここで今まで沈黙を守っていたお義父様が、イタリア観光名物・真実の口の如く口を開いた。
「淑子、いいじゃないかもう。確かに茉莉子さんが言うとおり、何が何でも世襲制に拘るという時代でも無くなったんだ。どうしてもと言うなら洋介くんというテも有る。夫婦間の問題に口を挟むことはもう止めなさい」
見れば見るほどイケオジだ。我が社の重役たちと比べると月とスッポン。50代でこの色気は卑怯過ぎる。
その姿に見惚れていると、課長が私の耳に唇を近づけ補足説明してくれた。
「洋介というのは、父方の従姉妹の子供だ。親父は2人兄妹なんだけど、俺の叔母にあたる聡美さんの娘が公子さん。公子さんの息子が洋介という関係になる」
「へえ、そうなんですね」
「でも残念ながら、この聡美さんとウチの母が犬猿の仲なんだなあ」
「え?じゃあ…」
私たちのヒソヒソ会話をぶった切って、お義母様が猛り狂う。
「はあ?!バカ言わないでくださいな!!あの聡美さんの血を引いているんですよ?」
『いやいや、それを言うならお義父様も榮太郎も政親さんも同じ血を引いてるしッ』…茉莉子さんの鋭いツッコミに皆んな苦笑する。
しかしお義母様は挫けない。
「育て方が問題なんですッ。だって公子さんを御覧なさいな、結婚したかと思えば1年で別れてしまって。自由奔放で全然社会には適応していないでしょ」
『弁護士してて社会に適応してないワケ無いし』…茉莉子さんのツッコミがキレッキレで、なんだかもう愉快になってきた。
「いいか淑子、もうこの話はココまでにしろ!お前には、今までの苦労を考慮して好き放題にさせておいたが、もうそろそろ我慢の限界だ。これ以上、息子達の夫婦生活に口を出すのなら俺はこの家を出て行くことにしよう」
「そ、そんな、アナタ…」
小さくガッツポーズをする茉莉子さんに向け、フェロモンだだ漏れでお義父様はウインクする。
「なあ、淑子。簡単なことだろう?息子達の夫婦生活に干渉しないだけでいいんだ。その方がストレスも与えないし、もしかしたら孫の顔を見れる最善の策となるかもしれないぞ」
「うう、ぐう」
取り敢えずこうして私と課長は、第一関門を突破したのである。
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