かりそめマリッジ

ももくり

文字の大きさ
17 / 111
<零>

その17

しおりを挟む
 
 
 そ、それって合意と言うのか?

 だってあんな美人を拒絶したんでしょ?すごくプライドが高そうだし、きっとあの人、泣いて縋るとか出来なかっただけじゃないの?

 しかも他の男性とたった1年間で離婚して、母親同士が犬猿の仲だというのにお抱え弁護士の座についてるって、課長っ、アンタそれ…

 復縁狙ってますコースまっしぐらだと思う。

「はいはい、皆さーん、麗しの公子さんがいらっしゃいましたよー」

 陽気な茉莉子さんの声に、私はその女性を複雑な思いで見詰めた。

「ご無沙汰しております、伯父さま。夫婦円満で何よりですね、榮太郎さん。本当に久しぶりだわ、政親さん…」

『政親さん』の後に続く意味深なテンテンは別れた元カレに対する恋慕だろうか。

 ぜっったいにこの人、
 自分に酔い痴れるタイプだな。

 各々が旧交を温めるかのように挨拶を返し、ここでようやく私の存在に気付いたらしい。

 …が、私が何であるかを誰にも訊こうとせず、そのクセ、雑談しながらこちらをチラ見する。

「日曜なのに悪いね、公子ちゃん。淑子が今日中に書類を作成したいと騒ぐからさ、ご存知のとおり言い出したら聞かないだろ?来てくれて助かったよ」

「いいえ、どうか気になさらないでください。でも自宅の方に呼ばれるのは何年ぶりかしら?いつも会社の方へ伺っているから」

 ここで茉莉子さんがツンツンと肘で突いてくる。

「零さん、ピーンチ!」
「茉莉子さん、すごく楽しそうですね」

「私こういうドロドロした状況、大好物よ。刺激に飢えてる専業主婦ですからね」

「申し訳ないんですけど、それほど面白い展開にはならないと思いますよ」

「ええっ?!だって超美人でしかも家族と打ち解けている元カノが登場したのよ??零さん、とっても不利じゃないの」

 ふるふると頭を左右に振って私は答えた。

「不利かそうじゃないかと言うよりも、たぶん彼女も晩餐に加わるんですよね?家政婦さんが苦労してようやく完成間近だったテーブルセッティングが、それにより振り出しに戻るんですよ。それが気の毒でなりません」

 茉莉子さんは軽く上体を反らせて驚き、そのままコソコソと政親さんに耳打ちをする。

「ん?ああ、そう、そうなんだ。零はそういうヤキモチを妬く女じゃない」

「ええっ?!だって、政親さんなのに??数々のモテ伝説を築き上げ、ストーカー製造機とまで呼ばれたこの男を独占したくないってことなの??」

 いや、もう声が大き過ぎて耳打ちの意味無いし。課長の鼓膜、大丈夫なんだろうか…。

「そういうことになるな。どちらかと言うと俺の方が零に迫りまくって、結婚まで辿り着いた感じだから」

「んまあ。松村零、恐ろしいコ」

 この2人の会話を平然と聞いていたのは、白々しい課長の演技に少し怒っていたからで。

 だって、そんな言い方をすると、私が溺愛されているみたいではないか。

 実際は愛情なんて一切存在しないのに。
 ちくそ。

「け、結婚って、嘘でしょ?!誰と誰が??」

 ここでお義父様と話し込んでいたはずの公子さんが抉るようにカットインしてくる。

 更にどこからか飛んで来たお義母様まで、ムリヤリ会話に割り込んだ。

「おほほほっ、政親よ!!そちらにいるお嬢さんと結婚するの。今日、公子さんを呼び出したのは、婚前契約書を作成して欲しかったからよ」

 ドヤアアアッ。
 もう一回ドヤアアアッ。

 公子さんは信じられないという表情で、私と課長の顔を交互に見ている。

「政親さん、本気なの?け、結婚よ?簡単にくっついたり離れたり出来ないのよ?」

 ドヤ顔のままお義母様が代わりに答える。

「おほほほっ、1年で離婚した誰かさんには言われたくないわよねえ、政親?」

 …ヤ、ヤバイ気がする。

「伯母様!そんな言い方をされると傷つきます」

「だって、それだけのことをしたんでしょ?盛大に結婚式をして、周囲からご祝儀貰って。その挙句、結婚半年で別居、1年で離婚なんて私が親だったら舌を噛んで死ぬわ」

 …あの、将来的に私達もお義母様の舌を噛ませることになりそうなんですけどッ。

 よ、よしッ、ここはダンマリを貫こう。
 だってほら“沈黙は金、雄弁は銀”とか言うし。

「ねえ、零さん。念のために確認しますけど、貴女は政親と一生添い遂げるつもりで結婚するのよねえ?」

 ピンチ!お義母様から同意を求められたぞッ。

 その場の空気がスラスラと読めて、処世術に長けた私は間髪入れずに答える。

「はい、勿論です」
「おほほほっ、当然よねえ。だって政親が相手なんですもの」

 さすがの私も冷や汗タラタラになっていると、突然左手を握られた。

「えっ?あっ、かちょ…じゃなくて政親さん?」
「申し訳ない、少しだけ離席しますよ、母さん」

 そう言ったかと思うと、課長は私を強引に廊下へと連れ出す。

「おいこら、零」
「な、なんでしょうか?」

「勝手に契約期間を延長すんな。お前まさか本当に俺と一生添い遂げるつもりか」
「だってあの場合、どう答えればいいんです?」

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模るな子。新入社員として入った会社でるなを待ち受ける運命とは....。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

処理中です...