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<零>
その17
しおりを挟むそ、それって合意と言うのか?
だってあんな美人を拒絶したんでしょ?すごくプライドが高そうだし、きっとあの人、泣いて縋るとか出来なかっただけじゃないの?
しかも他の男性とたった1年間で離婚して、母親同士が犬猿の仲だというのにお抱え弁護士の座についてるって、課長っ、アンタそれ…
復縁狙ってますコースまっしぐらだと思う。
「はいはい、皆さーん、麗しの公子さんがいらっしゃいましたよー」
陽気な茉莉子さんの声に、私はその女性を複雑な思いで見詰めた。
「ご無沙汰しております、伯父さま。夫婦円満で何よりですね、榮太郎さん。本当に久しぶりだわ、政親さん…」
『政親さん』の後に続く意味深なテンテンは別れた元カレに対する恋慕だろうか。
ぜっったいにこの人、
自分に酔い痴れるタイプだな。
各々が旧交を温めるかのように挨拶を返し、ここでようやく私の存在に気付いたらしい。
…が、私が何であるかを誰にも訊こうとせず、そのクセ、雑談しながらこちらをチラ見する。
「日曜なのに悪いね、公子ちゃん。淑子が今日中に書類を作成したいと騒ぐからさ、ご存知のとおり言い出したら聞かないだろ?来てくれて助かったよ」
「いいえ、どうか気になさらないでください。でも自宅の方に呼ばれるのは何年ぶりかしら?いつも会社の方へ伺っているから」
ここで茉莉子さんがツンツンと肘で突いてくる。
「零さん、ピーンチ!」
「茉莉子さん、すごく楽しそうですね」
「私こういうドロドロした状況、大好物よ。刺激に飢えてる専業主婦ですからね」
「申し訳ないんですけど、それほど面白い展開にはならないと思いますよ」
「ええっ?!だって超美人でしかも家族と打ち解けている元カノが登場したのよ??零さん、とっても不利じゃないの」
ふるふると頭を左右に振って私は答えた。
「不利かそうじゃないかと言うよりも、たぶん彼女も晩餐に加わるんですよね?家政婦さんが苦労してようやく完成間近だったテーブルセッティングが、それにより振り出しに戻るんですよ。それが気の毒でなりません」
茉莉子さんは軽く上体を反らせて驚き、そのままコソコソと政親さんに耳打ちをする。
「ん?ああ、そう、そうなんだ。零はそういうヤキモチを妬く女じゃない」
「ええっ?!だって、政親さんなのに??数々のモテ伝説を築き上げ、ストーカー製造機とまで呼ばれたこの男を独占したくないってことなの??」
いや、もう声が大き過ぎて耳打ちの意味無いし。課長の鼓膜、大丈夫なんだろうか…。
「そういうことになるな。どちらかと言うと俺の方が零に迫りまくって、結婚まで辿り着いた感じだから」
「んまあ。松村零、恐ろしいコ」
この2人の会話を平然と聞いていたのは、白々しい課長の演技に少し怒っていたからで。
だって、そんな言い方をすると、私が溺愛されているみたいではないか。
実際は愛情なんて一切存在しないのに。
ちくそ。
「け、結婚って、嘘でしょ?!誰と誰が??」
ここでお義父様と話し込んでいたはずの公子さんが抉るようにカットインしてくる。
更にどこからか飛んで来たお義母様まで、ムリヤリ会話に割り込んだ。
「おほほほっ、政親よ!!そちらにいるお嬢さんと結婚するの。今日、公子さんを呼び出したのは、婚前契約書を作成して欲しかったからよ」
ドヤアアアッ。
もう一回ドヤアアアッ。
公子さんは信じられないという表情で、私と課長の顔を交互に見ている。
「政親さん、本気なの?け、結婚よ?簡単にくっついたり離れたり出来ないのよ?」
ドヤ顔のままお義母様が代わりに答える。
「おほほほっ、1年で離婚した誰かさんには言われたくないわよねえ、政親?」
…ヤ、ヤバイ気がする。
「伯母様!そんな言い方をされると傷つきます」
「だって、それだけのことをしたんでしょ?盛大に結婚式をして、周囲からご祝儀貰って。その挙句、結婚半年で別居、1年で離婚なんて私が親だったら舌を噛んで死ぬわ」
…あの、将来的に私達もお義母様の舌を噛ませることになりそうなんですけどッ。
よ、よしッ、ここはダンマリを貫こう。
だってほら“沈黙は金、雄弁は銀”とか言うし。
「ねえ、零さん。念のために確認しますけど、貴女は政親と一生添い遂げるつもりで結婚するのよねえ?」
ピンチ!お義母様から同意を求められたぞッ。
その場の空気がスラスラと読めて、処世術に長けた私は間髪入れずに答える。
「はい、勿論です」
「おほほほっ、当然よねえ。だって政親が相手なんですもの」
さすがの私も冷や汗タラタラになっていると、突然左手を握られた。
「えっ?あっ、かちょ…じゃなくて政親さん?」
「申し訳ない、少しだけ離席しますよ、母さん」
そう言ったかと思うと、課長は私を強引に廊下へと連れ出す。
「おいこら、零」
「な、なんでしょうか?」
「勝手に契約期間を延長すんな。お前まさか本当に俺と一生添い遂げるつもりか」
「だってあの場合、どう答えればいいんです?」
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