かりそめマリッジ

ももくり

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<零>

その19

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 …………
「お前、本当に強いな」
「強くなければ生きていけませんでしたからね」

 帰宅して早々に着替えてリビングに戻ったところ、課長が私へ向けてシミジミとそう呟いた。

「どういう意味だ?」

 身の上を語ると、どうも苦労話みたいになってイヤなのだが、それでも事実だから仕方ない。

 私は淡々と理由を説明する。

「私が10歳の時に交通事故で両親が亡くなり、兄と私と弟はバラバラにされ、各々親戚の家に預けられました。まあ未成年なので後見人なるものがいて、お世話してくれるお宅には毎月、保険金の一部が支払われたのですけどもね。

 私を預かってくれたのは叔父さんでしたが、その奥さんと娘にかなり嫌われてしまって。ほら、女は3人集まると派閥が出来ると言うじゃないですか?

 必死で気に入られようとしたけどダメでした。だってカビご飯とか出してくるんですよ。でね、冬に私だけ水風呂だったりとか、陰湿な嫌がらせをされまくって。悪口も嫌味も日常茶飯事で、それに凹んでいたら生きていけなかったんです。

 幸い、兄が高校入学と同時にアパートを借りて、そこで兄弟3人が暮らせるようになったので今ではもう笑い話ですけどね」

 この話を他人にしたのは初めてだ。
 いや、一応婚約者なんだし“他人”でも無いか。

 などと照れ隠しで違うことを考えていたら、並んでソファに座っていたはずの課長が、いつの間にか正面で膝立ちしていた。

 ガバッ!!

 そして翼のように両腕を広げたかと思うと、勢いよく私を抱き締める。

「お前はどうしてそんな話を笑顔でするんだ?よしよし、苦労したんだな。これからは俺がメチャクチャ幸せにしてやる」
「うっ…えと…有難うございます」

 だって他に何と答えれば良いのだ?

 幸せにと言ってもアンタ1年限定でしょうが
 …と突っ込める雰囲気では無いし。

 まあ嬉しい!
 …とキャッキャ出来る関係でも無い。

 この状態に慣れてはダメだと思うのに、よしよしと撫でてくれる手は実に心地良くて。

 見えない何かに吸い寄せられるかのように、そのまま自分の両腕を課長の背中へと回す。

「零は本当に抱き心地がいいなあ…。それにすごくいい匂いがする」
「匂いのことを言い出すなんて、もう立派な変態さんですね」

「この俺をそんな風に罵倒出来るのは、世界中で零、お前1人だけだよ」
「でも私、変態な課長も嫌いじゃないです」

「おお、そうか。やっぱり俺が好きなんだな」
「好きじゃないけど、嫌いでもないです」

 犬が甘えるみたいにして課長がスンスンと鼻を鳴らす。

「ほんと素直じゃないな」
「素直じゃないけど、正直ですよ」

「ったく、ああ言えばこう言う」
「だって…ん…」

 その後は反論させて貰えなかった。

 何故なら唇を唇で塞がれてしまったから。あまりにも課長の腕の中が心地良すぎて、このままダメ人間になりそうな自分が怖い。

「いいか?もっと俺に甘えろよ」
「…ん…はい」

 不安と闘いながらも私はその温もりを堪能した。




 …………
「松村さん、ちょっと」
「はい」

 それからは相変わらずの日常が続く…はずが、何故か、どうしてか、課長が甘い。こうして勤労に励む私を呼び付け、1日1回は仕事の話に絡めてイチャつきたがる。

「この資料を後で山田に渡しておいてくれ」
「はい、かしこまりました。(コソコソ)って、そんなの直接渡せばいいじゃないですか~」

「(ヒソヒソ)今日は一緒にランチ食べないか。うな重のいいやつ。奢ってやるぞ」
「(コソコソ)何度も言ってるでしょ?お弁当を持参しているので外食はしません」

 ちぇっと小さく毒づかれ、漸く解放される。

 結婚式まではまだ別居中の身で、課長の要望のあった日だけ泊まりに行くのだが。最近ではその回数が異常に増えたため、残り僅かな時間を弟と過ごしたいと要望を伝え、週1日程度に減らして貰っている。

 そのせいか、こうして職場でもチョッカイをかけられてしまうのだ。

 キンコンカンコーン。

 まるで学校みたいなチャイムの音で、一斉に皆んな昼休憩へと入っていく。自分用のお茶を煎れるため給湯室へと向かうと、懐かしい顔を見つけ、思わず足が止まる。

「あーっ、零!会えて良かったあ」
「靖子?!本社に来るなんて珍しいね」

 同期の浦沢靖子は新人研修の際に仲良くなり、本社と支店勤務とで離れた今でも頻繁に連絡を取り合っている仲だ。

「電話しようとも思ったんだけど、部長のお供で来たからなかなか時間が無くて。昼休憩は自由にしてイイってお許し貰ったんだ、一緒に食事しに行こうよ」

「えーっ、でも私お弁当なんだけど…。いいや、晩御飯の時に食べることにしちゃお。久々だし、靖子に話したいこともあるからさ」

 ん?…痛い。

 背中にジリジリとした視線を感じ、恐る恐る振り向くとそこには課長がジーッとこっちを見ていた。それも『家政婦は見た』ばりに、給湯室の入り口から顔半分だけ覗かせて。

「きゃああっ!」
「な、何をしているんですか課長ッ」

 ほんと心臓に悪い。

 頬をパンパンに膨らませて怒る私に向かって、課長は悲し気に答えた。

「お前、俺の誘いは断るクセに、浦沢の誘いには2つ返事で乗るんだな…」
「えっ?だって課長には毎日会えるけど、靖子とは滅多に会えないじゃないですか」

「そうじゃなくてもお前、俺の誘いを断り続けてるぞ」
「それは弟との時間が欲しいって説明済です」

 いつもの調子でワーッと喋り続けていたら、隣で靖子が目をパチクリしながら訊ねてくる。

「…え?ごめん零、話が見えないんだけど。もしかして兼友課長と付き合ってるの??」

 これに課長と私が同時に返事する。

「ああ、もうすぐ結婚もするぞ」
「おかしな組み合わせでしょ?」

「おかしいって何だよッ?!」
「いや、別に他意はありませんって」

 そんなこんなで、最終的には3人で『うな重』を食べることになった。

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