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<零>
その22
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「えっ、俺は別にいいけど」
「本当かい?!有難う、京くん!!」
予想外の展開。
負けず嫌いだからか、それとも高久さんの言葉にも一理あると思ったからか、とにかく課長はウチのアパートで暮らすと言い始め。必要最低限の荷物をトランクに詰めて、その日のうちに我が家へとやって来た。
しかし、当然、弟も住んでいるワケで。心の中で『断ってくれ!』と念じ続けていたが、気のイイ弟は驚くほど簡単に了承してしまった。
多分きっと、私に気を遣っているに違いない。生活費も学費も姉に出して貰っているのだから、その姉の婚約者の願いくらいは叶えてやろうと。本当にこのコは性格が良くて人をすぐに信じ、疑おうとしないのである。
「ウチの弟は世界一…」
「えっ?!な、なに言ってるんだよ姉さん。メッチャ恥ずかしいからそういうのヤメてっ」
幼い頃はどこぞの子役よりも愛くるしく、ハーフと見紛うばかりの容姿だったが。大学生になった今も、その愛くるしさは健在だ。
「えっと、政親さん」
「どうしたんだい?」
「姉の生活を知りたくて同居するのであれば、その…俺、邪魔だったら友人の家に行きます。5日間限定だし、そのくらいなら友人も…」
「心配はご無用だ!なあ、京くん。俺は大事なお姉さんを奪ってしまう男なんだ。その俺のことをもっと知りたくないのかい?」
「知りたくない、と言えば嘘になります」
「じゃあ取引は成立だ。京くんは俺のことを知るため、俺はお姉さんの日頃の生活を知るため、こうして3人で同居を始めようじゃないか!」
えっと…。
とっても目がキラキラしているし。
なんかちっさい男の子が空き地の中で秘密基地でも発見したかのような、そういう系のキラキラなんですけど。
「さあ、では客室に案内して貰おうかな」
「バカ言わないでくださいよ。6畳2間なのに客室なんか有るワケないでしょ」
「あはは、ジョークだよ、イッツ・ジョーク!」
「えっと、じゃあ二択ですよ。隣の部屋で京と2人で寝るか、こっちの居間で私と一緒に寝るか」
「零と寝る!」
「でもこっち、ちゃぶ台があるから布団が一組しか敷けないんです。隣の部屋なら2組敷けますよ?」
「れ、零と寝る!」
「そんなに鼻息を荒くしないでくださいよ。分かりました。この狭い布団で寝ましょう」
弟の手前、こういう会話もラブラブっぽく聞こえてしまうのでは無いかと不安になり、しばし離れるため立ち上がった。
「えと、じゃあ私は晩御飯の準備をして来ます。かちょ…じゃなく政親さんはテレビでも観てて」
「分かったぞ」
料理の途中で心配になり何度か居間を覗いてみたが、2人はアッという間に意気投合したらしく、私抜きでもキャッキャと楽し気だ。
部屋は狭いし、壁も薄いから大声で話せないし、テレビなんて課長んちの5分の1サイズで、たまにテロップも全表示されないほどなのに。
浴室だって狭い上にタイルはボロボロ、脚が伸ばせないミニマムな浴槽と台所で洗い物をすると水圧の下がるシャワー。どれもこれも絶対に嫌がると思ったが、課長は難なくクリアしていく。
私はむしろ軽い感動すら覚えていた。
「課長の順応力、ハンパないですね」
「実は俺自身が一番そう思っている。こんな風に狭い布団でくっついて寝るのもなかなかオツでいいなあ」
「な、ちょっ、変なとこ触らないでくださいよ。隣で弟が寝てるんですからッ」
「いやいや、ちょこっと触るくらいはいいだろ。…あ、手が滑った」
「ダ、ダメですってば。あ…あんっ」
「……ぐぅ」
し、信じられない!もう寝てるんですけどッ。『ぐぅ』ってなんだ、『ぐぅ』って。
ペラッペラの薄いカーテンのせいで外の灯りがガンガン漏れ入ってくるため、余裕で課長の寝顔を堪能出来る。あまりにも幸せそうなその姿に思わず笑い、憎らしいという気持ちが可愛いに変わった。
最初は何でも持ってて嫌味な男だと思ったけど、こうして一緒に過ごしていくうちにその考えはまったく変わってしまったような気がする。
帯刀政親という男は天才肌に見えるが、意外と努力型の人間で。自宅に帰っても仕事に没頭していて、しかもそれは寝室に仕事机が有るほどで。
一見、無愛想だが、それは誰に対しても平等な態度で接しており。この結婚だって、一方的に権利を振りかざすのかと思えば若輩者の高久さんの意見を取り入れ、こうして私のことを理解しようと努力してくれている。
社長就任前に色々とすることもあるだろうに、こうして我が家に滞在している間は仕事を忘れて弟と打ち解けようとしたり、この状況を楽しもうとさえしてくれていて。
こっ、こんなの、
好きにならない方がおかしいよね?
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