かりそめマリッジ

ももくり

文字の大きさ
24 / 111
<零>

その24

しおりを挟む
 
 
「ただいま~。姉さん、お客様だよ」
「え?ああ、いらっしゃ…って、お兄ちゃん」

 兄・セイ26歳。

 ちなみに私達の名前は“正、零、京”と、数の単位または数に関連しているのである。

「ごめんな、急に押し掛けて。ほら、次の土曜にお前の結婚相手と対面するし、簡単に相手の人物像を聞いておこうかと思って」
「人物像って…」

 本人が台所でごりごりゴマをすっているのだが、性急な兄はそれを伝える隙を与えてくれない。卓袱台の前にドカッと座りメモ帳を取り出した。

 玄関に入ってすぐ左に台所が有り、直進すると襖一枚を隔てて居間が有る。どうやら兄は台所入口にぶら下がっている珠暖簾のせいで、課長に気づかなかったらしい。

 ごーりごーりごーり。

 課長が軽快にゴマをする音だけが響いている。それはまるで存在をアピールするかのように。

「名前、何さんだっけ? 」
「帯刀政親さんだよ。えっと漢字はこう書くの」

 古書店勤務だからか、それとも元々の性格か。兄は俗世間のことには疎いのである。

 “タテワキ”と聞けば、普通だったら『もしかしてあの帯刀グループの?』となるところを、この兄はそんな反応をしない。

「ほーん。変わった名字だな。刀剣女子が喜びそうな感じだ」
「そ、そんなことより、お兄ちゃん、あのね…」

 ついウッカリ兄が失言しないよう、とにかく課長の存在を伝えたかったのに。なぜかそこから一気に結婚生活の心得を語られ、そのまま成す術もなく30分が経過。

「…っと、いけない。んで、帯刀さんとやらはどんな男だ」

「えっと、前にも電話で言ったと思うけど、同じ職場の課長で、物凄く仕事熱心な人だよ。真面目で女遊びもしないし、高学歴高身長で、次男だから将来的に両親と同居することも無く、既に持ち家で暮らしてるの」

 説明していくうちに、改めて実感する。
 …なんだこの好条件。

 さすがの兄も軽く顔を歪めて言う。

「従業員1,200人いるんだっけ、零の会社。その規模から考えると27歳で課長って、相当有能なんだろうな。いやあ、話がウマ過ぎるぞ。

 あ!もしかして
 すっげえブサイクなのか、おい。

 そっか、そうなんだな。さすが零だ、顔なんか二の次で中身重視か!!そうだそれが一番なんだぞ。顔はブサイクでも心は錦って言うからな」

 兄さん、それって『ボロは着てても心は錦』だよ。などと心の中で反論していたら、“ごーりごーりごーり”の音が徐々に近づいてきて。そして、いきなり襖が開いた。

「えっと、あの…。零、もうこのくらいでいいかな?」
「う、ああっ、はいっ」

 そんなこんなでようやく兄と課長がご対面だ。

「えっ、えっと、どなたさん?」
「初めまして、帯刀政親と申します」

 すり鉢を持ったまま会釈するその姿は、まるで托鉢をしている修行僧のようだ。

「ああ…」
「ええ…」

 その短い言葉に、全ての感情がギュッと詰まっている気がする。

「これは失礼しました。どうぞお座りください。私は零の兄で正と申します」
「では、遠慮なく座らせて頂きます」

 途端に沈黙が辺り一面を覆う。

 きっと兄は『俺、マズイこと言わなかったっけ』と自分の言葉を反芻している真っ最中だろうし、課長の方は『結婚前の同居をどう説明しようか』と脳内で想定問答集を作成しているに違いない。

 大人は迂闊なことを言えないのである。

「あのね兄さん、俺達3人で暮らしてるんだ。あ、もちろん期間限定で短い間だけだよ!」

 …だからというワケでも無いが、最年少の京が課長についてペラペラと喋り出す。それは傍で見ていて小気味よいほどに。

 そしてその話を聞いていた兄の顔色が、みるみるうちに青褪めていく。

「たっ、帯刀グループの…?それが本当なら結婚式はかなり盛大ですよね?」
「謙遜は無駄だと思うので率直にお答えします。そりゃもう、ちょっとしたテーマパーク並みのスケールになりますが、でも心配はご無用です」

「そ、それはどういう…」
「あまりにも人数が多すぎて、席次表を作成しないことにしたんです。ですから、どこまでが新郎側でどこからが新婦側のゲストなのか誰にも分らないでしょうね」

 …いや、そうじゃなくて。

 そんな一般家庭の結婚問題と同じ扱いで、サラ~ッと答えないで欲しい。

 兄の不安は招待客の人数に関してのみでは無く、多分この短い間に数々のシミュレートをし、それらが全部悲しい結論に辿り着いたのだろう。思いつめた表情で、突然ポツリと呟いた。

「零、ごめん。この結婚、考え直した方がいい」
「…え?兄さん…どうして?」

「大企業の御曹司でしかもこんなルックスって。女なら誰でも憧れるシンデレラストーリーなんだろうけど、俺の目から見ると胡散臭すぎる」
「う、胡散臭い…」

 さすが我が兄!
 苦労人なだけあって鋭いね!!

 心の中で拍手喝采を送り、それとは逆に顔では『この世の終わり』的な絶望感を醸し出す。そんな私を横目で見ながらも、兄の話はまだまだ続く。

「しかもこれだけの格差婚なのに、向こうの家では誰も反対していないというのがとても妙だ。俺の予想では、何らかの事情で結婚を急かされ、取り敢えず零を選んだってトコだろうな。

 そんな愛情の無い結婚で、大切な妹が幸せになれるワケが無い。

 いいか、零。俺は頼りない兄だと自分でも思うが、それでも何か困っていることが有るのなら…お願いだ、遠慮なく俺に相談してくれ!」

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模るな子。新入社員として入った会社でるなを待ち受ける運命とは....。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

処理中です...