かりそめマリッジ

ももくり

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<零>

その27

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 こ、怖いいぃ。

 料理教室全体が、シーンと静まり返っている。

 その空気を動かすかのように茉莉子さんが数回手を叩くと、意地悪3人組が土下座せんばかりに茉莉子さんの腕へと縋りつく。

「茉莉子さま、思い直してくださいっ!悪気は無かったんです、…その、誰かを貶めて優越感に浸りたかっただけで…」
「謝る相手が違うでしょう?!帯刀家次男の嫁となる零さんに、心の底から詫びなさいッ!!」

 そう言って大振りに腕を回したかと思うと、ビシッと指差される私。

 ああ…悪目立ちしている。
 皆んなの視線を独り占めだ。

 いたたまれない気持ちで小さくなっていると、3人組がバッファローのように駆け寄って来た。

「零さま!数々の非礼をお許しください。私たちが悪うございましたっ」
「え…あの…、そんな、頭を上げてください」

「許すと仰っていただくまで、上げることは出来ませんっ」
「えと、じゃあ、許しますから!」

 というかもうこれ以上、目立ちたくないよ。

「ほ、本当ですか?」
「はい、本当です。きっと色々あるんでしょ?ご主人が愛人…それも1人どころか複数作って、滅多に帰って来ないとか。お姑さんにメッチャいびられて胃潰瘍寸前とか、子供が幼稚園のお受験に全滅したとか」

 もちろん適当に言ったのに、なぜか3人とも震えている。

『な、ななな、なぜソレを』
『誰にも言っていなかったのに』
『まさか零さまはエスパーなのですか?!』

 口々にそう呟かれ、違う意味で周囲を怯えさせる私なのであった。

「さて…と。お騒がせして申し訳ありません。さあ先生!授業を開始してくださいませっ」

 お、王者だわ。正にこの人は王者の風格を携えている…。

 そうして始まった授業でも、茉莉子さんは天賦の才能を見せつけ、周囲からの注目を一身に浴びており。その隣に立つ私にも自然と視線が集まった。

>茉莉子さまは勿論だけれども、
>零さまの包丁さばきも素晴らしいわ。
>見て、あのマスィーンのような正確な動き!

>まるでピアノでも弾いているかのような、
>流れるような指使い!!

>嘘でしょう?!
>あまりの速さに一瞬、見えなかったわ。
>なんてビューティホーなのッ。

 セレブ奥様たちったら、流され易いのね。
 長い物に巻かれ捲りだわ。

 そうこうしているうちに料理が完成し、別室にて試食タイムへと突入。

「うーん、もっと食感を楽しめるよう、みじん切りのサイズをバラバラにした方が良かったかもしれないわね」
「はい、今度作る時にはそうします」

 茉莉子さんから有り難いご指導を賜りながら、私はふと思った。

 この人、料理教室に通う意味無くね?だって以前食べさせてくれたケーキといい、今日の手際といい、すべてに於いてプロ級だし。

 素直にそう伝えると、茉莉子さんは微笑みながら端的に回答する。

「ヒマなの」
「…はァ?」

「だって家事を禁じられた専業主婦なのよ」
「き、禁じられているのですか?」

「家政婦さんの仕事を奪うなと、お義母様にキツく言われているから」
「なるほどですね」

「タイトルに『愛』の付くDVDを全部観たり、『こち亀』も全巻読んでしまったほどヒマなの」
「茉莉子さんほどの人材がヒマを持て余すとは、勿体無い話ですね。…働いてはダメなのですか」

 ハッとした表情で茉莉子さんは目を剥く。

「帯刀グループで?」
「え?別にそうじゃなくても良いでしょうけど。あのう、結婚前は何をされていたのですか?」

「何も。大学卒業と共に花嫁修業をしていたの。特に料理はパリのル・コルドン・ブルーで学ぶほど夢中になってしまったわ」
「えっ、コード・ブルーにですか?!」

「零さん、それ山下智ピーが出てるドラマだし」
「突っ込み、有難うございます」

 やっぱりこの人、改めて学ぶ必要無いんだよね。なのに私の為にここにいてくれるんだ。…そう思ったら、自然と感謝の言葉が出た。

「茉莉子さん、スキです」
「あらやだ、私も結構零さんを気に入ってるわ。打てば響くその性格と、ド根性なところが最高」

 こんなによくしてくれるのに、たった1年の付き合いになってしまうのだ。きっと偽装結婚が終われば、住む世界が違う私達には接点が無くなるだろう。

 いや、無くなるはずだったのに。帰りの車内の中で、突然茉莉子さんは言った。

「私、働いてみようかな」
「茉莉子さんならどこででも通用しますよ!」




 その晩。
 私よりも1時間ほど遅れて帰宅した課長が、興奮気味にこう報告する。

「茉莉子さんが、ウチに入社することになった」
「ウ、ウチに??」

「取り敢えず、営業二課に配属させる」
「それって私達の課ですけど」

「…ああ。そんなワケで零、よろしく」
「うわあ、ハイッ」

 予想外の展開。兄嫁が同僚になりますぞ!

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