かりそめマリッジ

ももくり

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<零>

その34

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 …………
 課長の予告どおり、その翌日から挙式当日まで会うことは叶わず。

 式場のある高級ホテルの控室から出て、花嫁姿でエレベーターから降りたその瞬間、妙にニコニコ笑い掛けてくるイケメンがいるなと思ったら、それが課長だった。そりゃそうか。招待客はこんな真っ白なタキシード着ないし。

 ドレスの見栄えをよくするため15cmもあるヒール靴を履かされた私は、カックンカックン状態で歩いており。介添え人の女性の手だけを頼りにしていたのに、突然それが離されブーケなんぞ渡されてしまう。

「見事なまでのヘッピリ腰ね」
「ま、茉莉子さん?!ココはお世辞でも綺麗だという場面ですよっ」

「うんうん、とっても綺麗だよ、零さん」
「お、お義兄さん、有難うございます。でもお義兄さんもとても綺麗ですよ!!」

「榮太郎を褒めて、私を褒めないつもり?これでも一応、おめかしして来たんですけどッ。そんな態度でいるとその白いドレスを汚すわよ」
「ここはまず『おめでとう』を言うべきでしょ」

「…ああ、そうだそうだ。ごめんね、零さん。結婚、おめでとう!!」
「ち、違うんです、お義兄さんを責めたのでは無くて、そのふてぶてしい兄嫁をですね…」

 ギャースカギャースカ騒いでいるうちに、介添え人の女性から定位置につくよう促され。どこからか兄が湧いて出た。我が家は父が既に亡くなっているので、バージンロードは兄と歩く予定なのだ。

 ガチガチに緊張した兄が、何か“いいこと”を言おうとしてチラチラと私を見ている。その空気が妙に照れ臭くてワザと目を逸らすと、お互いに視線を泳がせたままで兄は話し出す。

「あのな、身内の俺が言うのも何だけど、零は世界で一番素敵な女性だと思う。だからこそ、世界で一番素敵な男性がお前を選んでくれたんだぞ。今まで苦労させて悪かった。これからは政親さんに思う存分、甘えるといい。絶対絶対、幸せになれよ?!いいか、れっ、零」

 えぐえぐと兄が泣き出し、それをすぐ傍で聞いていた弟も大号泣だ。ここで罪悪感を抱かない人間がいたら、教えて欲しい。

 こんなに優しい兄と弟を騙して、人でなしの私は偽モノの結婚式をするのだ。本当の結婚式だったら、堂々と胸を張れたのに。三つ指をつき『長い間お世話に…』というアレも絶対やったはずなのに。

 でも、しない。

 何故なら全部ウソだから。この期に及んで、自分がとんでもない極悪人に思えてきた私は滝のような涙を流す。

「零、化粧が崩れるから泣き止め」
「うっ、ううう、課長ぅ…」

 さすが冷血漢。私が泣いている理由を察しているはずなのに、己の顎をクイッと引き、眼力で制してきた。そして更にダメ押しの一言。

「いい加減、政親と呼べ。それにもう俺は、今日から課長ではなく社長だ」
「うっ、ううう…クッ、クソチカさん…」

「おいこら、クソチカって呼んだな?!」
「そんなワケないでしょ、クソチカさん」

「思いっきりクソチカって呼んでるしッ」
「ああ、もう!じゃあ言わせて貰いますけどね、普通は花嫁のドレス姿を見たら最初に言うことあるはずでしょうがッ?!」

 京が小声で政親さんに耳打ちした。

「(ボソボソ)綺麗だねって言うんですよ」
「そ、それは、2人きりの時に言うつもりで」

「(ボソボソ)このままウチの兄と入場ですよ。まさか誓いの言葉の時に言うつもりなんですか」
「いや、でも、心の中では思ってたからッ」

 ジト目で私は政親さんを睨みながら言う。

「何を思ってたっつうんですか?」
「いつも綺麗だけど、今日の零は特別綺麗だ」

 ピュウと京が口笛を吹き、兄は笑っている。そっか、ウチのブラザーたちへのサービスでワザと大げさに褒めてくれたんだな。

「花婿様も花嫁様もお式が始まりますよ」

 そんな介添え人の声に気合いを入れ直す。さあ、これでもう本当に戻れなくなるのだ。矢でも鉄砲でも持って来い…そんなことを考えながら、私は一歩ずつバージンロードを進んだ。

 結婚式は親族のみで厳かに行なわれ、披露宴は主役そっちのけの単なる祭りだった。高校の時の全校朝礼ってこんな感じだったな。じゃあ、位置的に課ち…じゃなくて政親さんは校長なのか。んで、私が教頭。あはは、ウケル。

 何せ偽モノなので、友人は一切呼ばなかった。靖子にもイジイジされたが、呼ばなかった。いつか本当の結婚式をするかもしれないので、その時は是非呼んであげたいと思うが、そんなことは言えるワケないので適当に誤魔化した。

 私の親族なんてブラザーたちしかいないし。兄と弟がいかにもレンタルな服で浮いているが、そんなところも泣きのポイントになってしまう。

「…零、お前最初から泣き過ぎだぞ。普通の花嫁は最後の花束贈呈辺りで泣くんだ」
「政親さん、だって、兄さんと京も泣いてて、あのふっ、2人の顔を見てたら、勝手に涙が…」

 招待客がべらぼうに多いため、親族席も遥か彼方の席になってしまうのだが、それでも視力2.0の私には見えるのだ。…披露宴開始早々、大号泣しているその姿が。

「なあ零。このオッサン、スピーチ長ぇな」
「これこれ、そんな悪態つくのはお止めなさい」

 披露宴の最中にそんな会話しかしない新郎新婦。というかさ、ふと気づいたんだけど…。

「政親さんってもしかして友人いない?」
「は?普通にいるけど」

「じゃスピーチが仕事関係者ばかりなのは?」
「仕方ないだろ、社長就任のお披露目も兼ねているんだし、取引先のお偉いさんが多忙だから、祝いの言葉をこれ1つで終わらせてあげようという心遣いだ。何事も要領良く済まさないとな」

「まさかのビジネス披露宴」
「俺の友人一同はほら、あの親族席の2つ前のテーブルだ。美容院で世話になった相良もいる」

 軽く顎で示された方向を見ると、思いっきりその人が視界に入ってきた。

「あ…公子さん…」
「え?ああ。一応、俺にとって従姉妹だからな。その母親である聡美さんからの強い要望で、あの一家は友人席に隔離したんだ」

「隔離ですか?」
「ウチの母とメッチャ仲悪いから」

 公子さんの顔を見た途端、涙がピョッと引っ込んだ。そう、最高潮だったテンションがダダ下がりしたのだ。

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