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<零>
その35
しおりを挟む従姉妹とは言え、元カノを自分の披露宴に呼ぶなんて。この男、デリカシー無さ過ぎ。私いったいどんな顔していればいいの??
ていうかスピーチも長過ぎ!次から次へとかれこれ2時間以上も聞いているんですけどッ。
「おい、零。泣いててもいいからもっと嬉しそうにしろ。ビデオ撮影されていることを忘れるな」
「はい、かしこまりッ」
食事は摂れず、空腹なまま披露宴は延々と続き。既にスピーチだけで4時間が経過。それだけの長丁場ともなれば、深酒する人も出てくるワケで。
「うえーい!!踊りまーす」
「んじゃ俺、歌っちゃうもんね~!」
どこぞの社長が、尾崎紀世彦とかいう人の『また逢う日まで』という曲を涙ながらに熱唱。思いっきり男女の別れを描いた歌詞のようだが、偉い方だったらしく誰も止めない。
その社長がマイクを渡した相手が、これまたどこぞかの女社長で。この人も『ラヴ・イズ・オーヴァー』などという、タイトルだけで別れがテーマだと分かる曲を熱唱する。
「政親さん、表情が険しいですよ。ビデオ、回ってるんでしょ」
「わ、分かってる」
「政親さん…。私、ひもじい…」
「我慢しろ、後で何か食わせてやるから」
なんだかとても理想の披露宴とは言い難く。カオス状態のままダラダラと進んだ不幸の宴は、5時間ちょっとでようやくその幕を閉じた。
…………
初夜ナシ、新婚旅行ナシ。
これに新婚生活ナシも加えておこう。
披露宴が終わった後の政親さんは、招待客と親交を深めまくっており。そんなビジネス臭プンプンな流れで二次会なんぞ有るはずもなく。控室で仲良く2人で食事した後は、解散宣言が発出されてしまった。
花嫁は1人で帰宅という衝撃の展開。
契約結婚なんだし、文句は言いませんけどね、でも、一応それっぽい生活をするのかと思ったら真逆だったので驚いただけです。
そういや控室で食事した時に、『新社長の足を引っ張ろうとする輩がウジャウジャいるから当分はそっちに集中する』とかなんとか宣言してたけど、“そっち”ってそういう意味なの??
わ、分かり難っ。
そんなこんなで、新婚なのにかれこれ一週間も主人が帰ってきません。これはもう磨りガラス越しに音声変えて人生相談してもいいよね??って、残念ながらいませんっ。そんなディープな話が出来る相手が、私にはいません!!
「ねえ、零。訊き難いんだけどさ、…その、アンタの旦那さん、いつでもどこでも公子さんと一緒にいるんだけど、あれ、大丈夫なの??」
「大丈夫とは?」
相談相手がいないどころか、こうして靖子から心配されている始末。
「周囲の心無い人たちが、本命は公子さんで、零はカモフラージュじゃないかって言ってるの」
うわお。こんなところにまで不穏な空気が漂っている!
「そんなワケ無いでしょう?私たちラブラブよ」
「だ、だったらいいんだけど、余計な心配だったよね、ごめん…」
今は送迎会の真っ最中で。とは言え、主役の政親さんが欠席しているせいで単なる飲み会と化しているのだが。いい感じで皆んなが酔ってきた頃に、靖子からの攻撃が始まった。
私が何か隠していることを察しているのだろう。だが、言えないものは言えないのだ、許せ靖子。
いつもの如くのらりくらりと躱しながら、最終的には洗面所へと逃げてみる。宴会場は2階だが、洗面所は1階だと案内され、階段を下りていると面倒な男に会ってしまう。
「ど、どうしたんだい松村さん?!ちょっと、こっちに来なよ」
手首を掴まれ、そのまま階段を下りて店外へ。繁華街だというのに、平日だからか人通りは少なめだ。そこで高久さんは私の頬をハンカチで拭いた。
…どうやら気づかないうちに私は、
泣いていたらしい。
「涙の理由は訊かないけど、一旦落ち着こう。そんな顔で宴席に戻ったら噂になっちゃうよ」
いつもは『俺ってイイヤツ』アピールがうざい高久さんだが、今日だけは有り難いと思った。たぶん、涙の理由は靖子に言われたあの言葉だ。
>本命は公子さんで、
>零はカモフラージュじゃないかって…
実は私もそう思い始めていて。なんというか、それほど心が不安定だったのである。
「ほら、顔を上げて。化粧が崩れちゃうよ」
「ひっく、うう…」
まるで兄と一緒にいるような錯覚に陥り、私は素直に顔を上げた。
「うっ、やっぱり…」
「なっ、何が『やっぱり』ですか?」
トントンと私の目元の涙を拭きながら高久さんは答える。
「松村さんって、可愛い…」
「…か、可愛くなんか無いですよ」
なんだよこの男。絶妙か?!
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