かりそめマリッジ

ももくり

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<靖子>

その47

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「…え?それはどういう…」

 とある日の昼下がり。

 昼下がりと聞くとどうしても不倫妻を連想してしまうのは、私がエロいからだろうか。えっと、とにかくそんな昼下がりに私は部長から呼び出されたのである。

 営業部には5つのミニ応接室が有り、そのうちの1つに我らはいた。そこはパイプ椅子に折畳み式のテーブルという簡素な部屋なのだが、話の内容は結構ヘヴィだ。

 先月退職した君塚さんという年配の社員が、架空発注をしていたことが判明したのだと。取引先の担当者と事前に口裏を合わせていて、発注金額の20%を手数料として貰っており。

「…でだな、毎回その事務手続きを浦沢さんに頼んでいたと君塚さんが言うんだよ。もちろんキミにもその分け前を与えていたとね。それが真実であれば、背任行為に加担していたことになるし、相応の罰を受けて貰わなくては」

 待って待って待って。
 何もかも初耳なんですけどっ。

 君塚さんの顔すら思い出せないのに、
 そんなこと有り得ないよおおお。

 と答えても、きっと信じて貰えないんだろうな。理路整然と反論しなくては。話の出所はなんとなく分かっていた。でもいくら私が憎いからって、そこまでする?

 …アイツめ!アイツめッ!!

 いや、そんなことを考えている場合じゃない。とにかく今は最善を尽くさねば。

「部長、ウチの発注書は全て専用端末で作成し、その都度、通番が割り振られていますよね?」
「え、…ああ、そうだな」

「ご存知ですか?専用端末にログインするには、各自のIDとパスワードの入力が必須なんです。本当に君塚さんの依頼で私が架空発注の処理をしていたのなら、その通番を取得した際にログインしていたIDが私のもののはずですよね。それは調査済みなのでしょうか?」
「いや、それは未だだが…」

「でしたらシステム担当に依頼し、調べて頂けないでしょうか?そうすれば私の身の潔白が証明されますから」
「分かった、すぐにそうしよう」

 応接室を出たその足で私はそのままトイレへと向かい、個室に籠ってメールを送信する。…相手はもちろん、剣持さんだ。


>営業部長から呼び出しを受けました。

>先月退職した君塚さんが架空発注をしており、
>片棒を担いだのが私だと申告したとのこと。

>※絶対にあの人が関わってますよね?!

 ブブブ…。

 送信完了から数秒で電話が掛かって来た。さすがにこの内容だと電話しないワケにはいかないと思ったのだろう。

「やあ!」

 予想外に陽気な第一声にイラッとしたが、必死で感情を抑えながら返事する。

「『やあ!』じゃないですよ。やること汚すぎる~。犯罪者にするなんて~~」
「愚痴は時間の無駄だから、結論を教えてくれ。俺の介入が必要か?それとも不要なのか?」

「不要です。発注書は専用端末で作成するんですけど、その端末にログインするには各自のIDとパスワードの入力が必須でして。

 しかも、発注書には通番が割り振られるので、発注者が本当に私だったのかシステム担当に調査を依頼してください…で一旦完結しました。さすがにシステム担当にまで手は回っていないと信じたいですが。

 そんなことよりですね、このままでは私、退職に追い込まれそうで怖いんですけど。とにかく枝葉をその都度処理するよりも、根っこから始末して欲しいんですよッ」

「なあ、靖子ちゃん」
「な、なんですか?」

「キミ、こんな時でも喋るのがメチャ遅いな」
「ふ、ふあああ?!」

 ひ、酷いっ。気にしているのにィ。

「まあいい。遅いのは口調だけで仕事は異常に早いからな。それと“根っこ退治”の件だけど、俺に名案が浮かんだんだ」
「えっ、何ですか?」

 その名案とやらに思いっきり期待したのだが、続く言葉に私はガックリと項垂れた。

「いっそ俺と結婚しちゃえばイイんだよ。そうすれば、さすがの公子さんも諦めるだろう」
「い、いやいや、ご冗談を…」

 まるで他人事みたいに明るく話しているが、元はと言えば何もかも剣持さんが悪いのだ。公子さんからの猛アタックを振り切る為私と付き合っていると嘘を吐いたせいで、謂れのない嫌がらせを受けているのだから。

 それにしても今回はヤリ過ぎでは無かろうか?下手をすれば私、警察に連れて行かれちゃうし。

 …そう訴えると、尚も剣持さんは言う。

「あんなのでも会長のお孫さんだしなあ…、俺から公子さんに強くは出れないんだよ。もし会長に相談しようものなら、『公子と結婚してやれ』とか言われそうだし、それだけは死んでも避けたい」

 さすがの私もコレには切れた。

 自分ばかり安全地帯にいて、無関係なはずの私だけが危険な目に遭っている。

「納得いかないです。だったら剣持さんも多少は痛い目に遭ってくれないと!」

 ここで再び例の提案に戻るのだ。

「だから言ってるじゃないか。俺と結婚すれば、さすがに社内…それどころか帯刀グループ内で靖子ちゃんを陥れようとする大バカ者はいないだろうからさ。

 何と言っても、会長の一番の側近の妻だぞ?孫とは言え、ほぼ部外者の公子さんよりも、俺の方を怖がるに決まっているだろう?

 キミを守るためにも結婚してくれないか」




 ────
 ※靖子が公子さんから嫌がらせを受けることになった経緯は、次話および次々話にて説明予定です。

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