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<靖子>
その57
しおりを挟むてっきり、謝罪したのは女関係を清算していない己の詰めの甘さに対してだと思ったのに。どうやらそれは違ったようだ。
「『こんな男』で悪かったな…」
「そ、そこ??」
「いくらそういう流れだったからって、ちょっとは修羅場っぽくしろよッ」
「…え、ええっ??」
上手く纏めたつもりだったのに、むしろ大団円のつもりだったのに、それが勇作坊ちゃまのご要望に沿わないのだと。そ、そんなこと言われても…。
言い難そうに、でも言わないと気が済みませんという感じで勇作はツラツラと話し続ける。
「普通さァ、彼氏の元カノが登場したらショック受けつつも『私の方が貴女よりずっとこの人を愛してるのよ!』…とかなんとか愛情アピールするもんじゃないのか?」
「やだなあ、彼氏じゃなくて夫ですよお」
ギンと睨まれたので、もう口は挟まない。
「なのにどうしてあの女と一緒になって俺を貶してるんだよ?!ていうか、靖子、お前ずっと俺のこと冷酷だと思っていたのか??」
口を挟まないことに決めたので、控え目に頷くだけにした。
「は、はあ?!どこがだよ。俺、結構頑張って一緒の時間を過ごそうと仕事が終わったら猛スピードで帰宅してるし、こうして休日も買い物に誘ってるだろ」
こくこく(頷いている音)。
「どうせさっきの女もな、俺には本気じゃない。中身なんかこれっぽっちも見て無いし、きっと条件だけで俺を選んだに違い無いんだよッ」
ふるふる(首を左右に振る音)。
恐る恐る私は口を開く。なぜなら、どうしても言いたいことが有るからだ。
「そんな風に、物事を悪く考えちゃダメだよ。さっきの女性の表情を見た?『こんな女、知らない』と言われて、結婚したと聞いて、物凄くショックを受けてた。あれは絶対に演技じゃ出来ないんじゃないかな。
世の中の女性全てが打算的で、条件のみで恋愛すると思いたいのなら思えばいい。でもね、女性ってとっても繊細な生き物なの。
好きな相手の中身を全部知りたいけど、知ったらきっと戻れなくなるって。四六時中、その人のことを考えて、んもうグチャドロのダメ人間になるかもって、そんなことに怯えてワザと距離を保つんだよ。
だから心が欲しくないワケじゃない。そういういじらしい女心をもっと分かってあげて欲しいな」
ゴージャスさんを代表とする恋する乙女の為に、不肖・庶民靖子が擁護しただけなのに。なぜかココで大いなる誤解が発生するのである。
「ふ、ふふふ…」
違う違う、私では無い。勇作が突然笑い出したのだ。
怖い。
とっても不気味だ。
でも笑っている理由を聞けと言わんばかりに、こっちをチラ見しているので仕方なく質問した。
「どうした…のかな?」
「靖子、お前もなのか」
「な、何が??」
「四六時中、俺のことを考えて、んもうグチャドロのダメ人間になるかもってそんなことに怯えてワザと距離を保ってるのか」
はへ?
どこからそのような考えが??
目がテンになるとは正にこの事だ。ただでさえ小さい目なのに、これ以上小さくさせないで欲しい。心を落ち着かせようとして、一回に一口しか飲まない自分ルールを破り、高級コーヒーを飲み干してしまった。
パチンッ。
ひいいい。
勇作がウエイターを呼ぶために指パッチンをしたよ~。恥ずかしいいい!
「どうやら自分の気持ちを言い当てられて、思いっきり動揺しているんだな?ふふふっ、とにかく追加で飲み物を頼もう。何が良いのか言ってみろ」
「いえ、あの、普通は注文の品を決めてからウエイターを呼ぶでしょうが?」
「いいんだよ、彼らはソレが仕事だから」
「いや、そうじゃなくて、待たせては悪い…」
「いいんだよ、待たせても。こっちは客だ」
「ええっ?で、でも…」
なんだろう…。
この男を知れば知るほどイラッとする。こんな年齢になるまで誰も注意しなかったのは何故だ?どうしてこんなに横柄で、他人を思いやれないのだろうか?
ヨシ、私が教育してやろうじゃないの!
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