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<茉莉子>
その98
しおりを挟む2人を見て困ったというよりも、自分を発見されては困ると思ったワケで。離婚準備としてバイトしていることも、榮太郎とコトリさんの関係に薄々気づいていることもバレては困るのである。
だから、振り切った。
ショートカットで3年間彼氏がいなくて、28歳独身のサバサバ系女子・アヤさんの手を必死こいて振り切った。
「ド、ドルジの仕上げをしないとッ!」
「茉莉子さん、ドルジって朝青龍だよ」
「ち、ちがっ、甘くて美味しい方ッ」
「ドルチェね?ドルチェでしょう?どうしたの急に、動揺しちゃって。まさか王子と知り合いだったりする?」
す、鋭い!!
どうしてバレたのか?!
さすがホール歴5年、
人呼んでホールの女王!
お客様の表情だけで
その要求を察知する女!
デキる女は違うよね~!
憎いよヒュウヒュウ!
…と、心の中でだけ騒ぎ、努めて無表情のまま私は厨房へと引っ込む。
ちくしょ、よりにもよってウチの店に来るなよ。
仕事が忙しくて帰れないと言っておきながら、なんで呑気に女とメシ食ってんだっつうのッ。
『あらあら、ガラが悪いわよ茉莉子さん』
何故か脳内でお義母様が私を窘める。そして、そのまま脳内で過ちを認める私。
「申し訳ありません、以後、改めます」
「えっ?何を」
長身の店長が私の目線まで体を折り曲げ、至近距離で微笑んでいる。
「うわっ、な、何ですか?」
「えっと、ソムリエの資格を持っているキミにお願いがあるんだよ。ほら、オーナーが無理に予約をブッ込んできたお客様からワインの注文を取って来てくれないかな?」
そう言いながら片目をバチンと瞑ったので、その顔をガシッと上下から押さえつける私。
「…んー、特に異物は入っていないみたいです」
「いぶつ?」
「右目にゴミが入ったんじゃないんですか?」
「違うねー、ウインクしたんだねー、そっか、目にゴミが入ったと思われたかー。茉莉子ちゃんにはこういうの通じないんだねー」
シュンと反省している私に、店長はワインリストを差し出す。
「上手くいけば常連になって貰えるしさ、ここで心を掴んでおきたいんだよね」
「かしこまりこ」
「自分の名前と掛けたんだね?いいよ、無骨な女子のそういう姿って萌えるよ」
「ところでどのお客様ですか?」
厨房から店長が陽気に指差したその先には、モチのロンで例の2人が微笑んでいた。
そう、榮太郎とコトリさんである。
拒否権は無さそうだが、拒否したい。その場合、理由を伝えねばならぬのだが、果たしてどこまで話せば良いだろうか?さすがの私も短期間の付き合いの店長に、偽装結婚のことを打ち明ける勇気は無い。しかし余程のことが無い限り、注文を取りに行けと言われそうだ。
「実は私、あちらの男性と結婚しておりまして。他の女性と一緒にいるところにはちょっと…」
どよどよと、どよめく厨房。
い、いかん。
どうやら嘘だと思われたらしい。
どんな時にも動じず、人当たりの良い店長が明らかに私を警戒している。見習いシェフの浦くんに於いては、怪訝な表情を隠そうともしない。
「ヤバイ人じゃないですよ、私」
「え…あ、うっ、うん…」
ねえ、何この反応!
「あの男性は帯刀榮太郎という名前でしょう?」
「茉莉子ちゃん…」
神妙な面持ちで店長はこう言った。
「あのさ、帯刀様のこと付け回してたりする?そっかあ…おかしいと思ったんだよ、だって、いつもなら断るはずの夜の部に、今日に限って手伝うなんて言い出すから…」
おいおい、こらこら。
「帯刀様が来店すると知っていたんだろう?だからこうしてココにいる…そうなんだね?よく思い出してごらん、キミは小椋茉莉子。履歴書にも独身だと書いていたじゃないか」
もしかして私、ストーカー認定試験に合格しちゃいましたか?
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