かりそめマリッジ

ももくり

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<茉莉子>

その110

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 そんなこんなで榮太郎の元へと戻り、普通に入店して、テーブル席へと案内された。もちろん対応してくれたのはアヤさんで、メニューを差し出しながら彼女は言うのだ。

「本当に茉莉子とはマブダチで~、独身時代はよくお互いの部屋に泊まり合いっこしたんですよお~」
「へえ、そうなんですか」

『マブダチ』って…、なんだか嫌な予感。

「茉莉子ってこう見えてなかなかモテるから、しっかり捕まえておかなきゃダメですよ~」

 どうやらマブダチ設定で私を推してくれているらしく、その後も延々とそれは続く。

「頭もいいし、気が利くし、肌も綺麗で意外とナイスバディですしね!でも、一番素晴らしいのは控え目なところなんですよ!誰よりも優れているのに決して自慢しないところがスゴイ!」

 ほ、褒め過ぎ。
 誰かこの暴走機関車を止めて。

「妻をそんなに褒められると、夫である僕もとても嬉しいですよ。…ところでそれほど仲が良いのに、なぜ披露宴にはいらっしゃらなかったのかな?」
「……」

 それはあまりにも不自然な沈黙で、榮太郎は疑念を抱き始めたようだ。

「…アヤさん、ほっ、ほら!その日はこの店に貸切の予約が入ってて披露宴の出席は無理だとかって私に断って来たでしょう??」
「そう、そうだったわね!」

 こんな時に限って、店長が挨拶にやって来てとんでもない爆弾を落とすのである。

「そう言えば茉莉子ちゃん、ウチへの宿泊料は無料でいいよ。短期間しか泊まってないからさ」

 えっと、バイトのことと宿泊先のこと。この2点を口止めして回ったけど、そっか、店長にはバイトのことしか言ってないかも。

 でも、分かるよね?
 普通なら察するはずだよね??

 既婚女性が1人暮らしの男性宅に泊まるなんて、実際、何もしていなかったとしても一般的にはアウトだって。

 恐る恐る榮太郎の表情を確認してみたところ、…思いっきり笑っていた。それも、なんだか魂を抜かれそうなほどの爽やか笑顔だ。

 救いを求めてアヤさんの方に視線を移すと、この展開に彼女自身もテンパっているらしく。メタメタになりながら榮太郎からのオーダーを受けようとしており。

「メ、メイン料理ですか?えと、はい、メインはボロボロ鳥のッ」
「ボロボロ鳥?ああ、ホロホロ鳥のことかな?」

「そ、そうですっ。こんがり焼いてトーストしたものをスライスし、バルサミンコソースをかけるのです!」
「トーストにバルサミンコ?いちいちゴメンね。もしかしてローストとバルサミコかな?」

「はい、そうですっ。言い間違いばかりで誠に申し訳ありません!あの、では、失礼致します」
「あ、ちょっとだけいいかな、アヤさん」

 彼女を呼び止めたかと思うと、榮太郎は立ち上がって彼女の目を見つめる。

 …えっと、何コレ?
 ひたすら見つめ合う2人。

 まさか、もしや、運命の出会いとか言い出さないよね?

「ううッ、神々しい…目が潰れそう…」

 そんなアヤさんの呟きなんぞ、聞こえないフリで榮太郎は彼女を問い詰める。

「貴女は茉莉子を泊めていませんね?」
「いえ…はい、その…仰る通りです」

 ここで少しの間だけ沈黙を守っていた店長が突然、口を開く。

「あの、先程も言ったようにですね、茉莉子ちゃんはここの2階に泊まってました」

 ピキンと凍り付く空気をものともせず、店長は相変わらずマイペースで話し続ける。それは意外な内容だった。

「ちなみに俺、独身でここの建物の3階に1人で住んでいるんですよ。で、2階は倉庫。その倉庫の半分を茉莉子さんに貸してました」

 アヤさんは別のテーブルのお客様に呼ばれ、そちらへ向かって既にもういない。榮太郎は薄ら笑いを貼り付けながらも、キツイ口調で店長に言うのだ。

「既婚女性だと分かっていて泊めたのですか?それは思慮が浅かったですね。誰が聞いても貴方が批難されてしまいますよ」

 それにも動じず店長は続ける。

「茉莉子ちゃんはこの店の常連でして。ご存知の通り、警戒心が強い女性だったのでなかなか打ち解けてくれなかったところを、俺、こんな感じでしょ?強引に仲良くなって。

 それである日、思い詰めた顔をしていたから、ムリヤリ事情を聴き出したんですよ。そしたら、『旦那さんが浮気してるかも』と。しかも『自分さえいなければ、相手の女性と幸せになれるのに』とまで言うんですよ。

 たぶん、愛されている自信が無いんだろうな~って俺は思いました。普段から自分よりも人のことばかり考えて、委縮してる感じだったんで。

 こんなに可愛くて、頭もいいし、真面目で控え目で最高の女性なのに、何故こんなに自己評価が低いんでしょうね?とにかくまあ、家出を考えていたようなので、ウチに住むよう提案しました。

 旦那さんは俺のことを非常識だと言いますけど、貴方の奥様は独身男性の1人暮らしのところに、身ひとつで泊まるしかなかったんですよ。

 分かります?
 頼るべき人が他にはいないんだ。

 実家には帰れない、それほど親しい友人もいない。…俺ね、茉莉子ちゃんが大好きです。不器用で純粋で一生懸命で、見ているとこっちも頑張ろうっていう気になる。もちろん旦那さんから奪おうとか、そんなつもりは全くありません。

 だから叱らないでやってくれませんか?

 茉莉子ちゃんには逃げ場が無かっただけなんだ。たぶん、ここは唯一の逃げ場だから、その逃げ場を取り上げないでやって欲しい。俺だけじゃなくてこの店のスタッフは全員、茉莉子ちゃんが大好きで。皆んな旦那さん公認の仲になりたいんです」

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