111 / 111
<茉莉子>
その111
しおりを挟むジワジワと胸が熱くなって、大粒の涙がポトンと落ちた。
ウザイとか思ってゴメンなさい。
店長はとってもいい人ですっ。
「あの、榮太郎ッ。わ、私、実はこの店で働いているの!これからも働き続けちゃダメかな?!」
とても優しく笑ったかと思うと、榮太郎は少しの間だけ考え込み。それから悲し気に首を横に振った。
ゴメン、と榮太郎は言い、ポツリポツリと理由を説明し出す。
「店長の言うことはごもっともです。茉莉子には逃げ場が無い。でも、それは結婚すると当たり前のことで、だからこそ覚悟を決めて欲しいんですよ。
帯刀の家に骨を埋める覚悟で頑張ろうと。
だって、俺も…。恥ずかしながら重責に負けそうになって、何度も逃げたいと思ったんです。でも、逃げ場所なんてどこにも無かった。
それで仕方なく留まり、足掻きながらも自分自身でどうにか折り合いをつけ、少しずつ強くなれたと思っています。酷な言い方をすれば、逃げ場所なんて無い方が人間は成長出来る。
周囲が心配するほど、茉莉子は弱くない。茉莉子はこう見えて物凄く強い女なんです。…それと、茉莉子」
突然名前を呼ばれ、私は思わず姿勢を正す。榮太郎は真っ直ぐな視線をこちらに向けた。
「はっ、はい!」
「ファミリーレストラン、カフェ、居酒屋に焼き肉店、中華料理店にファーストフード…帯刀グループに多くの飲食店が含まれているのは知っているよね?」
「はい、知っています」
「食品会社はもちろん、厨房機器、店舗家具、サービス産業向けのユニフォーム販売会社も全て帯刀グループ内に存在する。分かるか?飲食店に絡めて多くの利益を発生させる為だ」
「そう…なんですか…」
「『大きな企業だからと気を緩めず、少しでも利益を上げろ』とお祖父様は社員教育してきた。その真摯な姿勢に感化され皆んな頑張ったんだ。
だからいずれその跡を継ぐ者の妻が、帯刀グループとは無関係な個人経営の飲食店で働いていると知られれば、きっと波風が立ってしまうだろう。
『自分たちには少しでも利益を上げろと言っておいて、お前たちの身内はそうじゃないのか?』…そう言われてしまう可能性だって有る。
神経質になり過ぎだと笑われてもいい、出来れば不安材料は取り除いておきたいからな。
茉莉子、苦労ばかり強いるようで申し訳無いが、今後はどんな理由が有ろうともここでの宿泊は禁止するし、この店でのバイトも諦めてくれ」
そこまで言われれば『ハイ』と答えるしか無く。店長も『じゃ、バイトじゃなくて食べに来てよ』とだけ明るく言って去って行った。
これでもう逃げ場所は無くなったワケだが、なんだか私は妙にスッキリしていた。本当に榮太郎の妻になるという意志が固まったというか、本腰を入れて頑張ろうと思ったからだ。
「茉莉子、これからは逃げる前に俺に言うんだ。どんなことでもきちんと話し合おう。いつでも帰る場所は俺のところしか無いはずだ。だから…その、もう絶対に俺を1人にするなッ」
「…はい」
思わず笑ってしまいそうになる。
なんだ、結局はそこなのね??
店長もアヤさんも去り、2人きりになった途端、乙女王子になってしまうんだな。
「榮太郎、もしかして店長にヤキモチ妬いた?」
「うっ、うん…」
「ぷっ。可愛いぃ」
「可愛いとか言うなッ」
温厚で清らかで優しい天使が、私の前でだけ本性を見せるのだ。それはとてつもなく光栄なことに違いない。
頬を染めて、彼が私を見つめている。
だから私も見つめ返した。
「茉莉子は俺だけ見てればいいから」
「はいはい、見てますよ」
ああ、もう。可愛いなあ。
私の愛した男はとんでもなく可愛い。
「本当にもう、茉莉子は…可愛いなあ」
その呟きを聞いて、思わず吹き出してしまう。
…どうやら私たちは似た者夫婦らしい。
--END--
──────────
[お知らせ]最後までお付き合いくださり、誠にありがとうございました。実はこのあとアヤさんメインのお話が続くのですが、あまりにも長くなってしまったため別作品として投稿します。
本話と同時にUPしましたので、よろしければ読んでみてくださいませませ。タイトルは『昔の恋を、ちょっとだけ思い出してみたりする』です。
1
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(4件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
良かったぁーーー(大きなため息)
ってえ?又波乱の幕開け!?
いいえ、もう波乱な展開はございません。
思わせぶりなクセに、ネタバレも臆さないこの潔さ(自分ダイスキだな、私)!!
そんでもって、アヤさんが主人公となったお話を別作品として投稿予定です。近日中にUP出来るかと思いますので、こちらも宜しくお願い致しまーす。
ええ!!??
妖魔様ぁーーー
妖魔ならば、問題をすべて解決してくれそうですが。でも残念、ここで妖魔は登場しないんですねー。くふくふ。
少しだけモダモダしながら、次の更新をお待ちくださいませ。
面白くなってきたぁー!!
榮太郎の頑張りが楽しみ😊
ココスマイルさま
盛り上げてくださって、誠にありがとうございます。
ええ、本作はもちろんのこと、私のモチベーションもアゲアゲになりましたよ‼残念イケメンと地味な女の子の組み合わせが大好物なので、この先もきっと意図せずイチャコラしてしまう展開となるに違いありません。
乞う、ご期待(←言い回しが古い)。