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37.公爵令嬢は侮れない
しおりを挟むそれは、その、アーサーヴェルトを本気で狙っていると解釈しても良いのだろうか。しかし、さすがエズモント公爵家。娘の恋愛ごときにかける財力がハンパ無い。などと感心していると、黙っていた師匠がおもむろに口を開く。
「ふむ、そうきたか。どうやらアーサーヴェルトへと標的を移したようじゃな」
それに相槌を打つのは、宰相の息子。
「はい。でも、もしアーサーヴェルトと相思相愛になれたとして、その先はどうするつもりなのでしょうか?あの派手好きなクリスチアネ嬢が、このまま国境で暮らし続けるとは考え難いのですが」
これに師匠が答える。
「たぶんコンスタンティン殿下を失脚させ、王位継承権を持つアーサーヴェルトを玉座につけるべくエズモント公爵が謀っておるのだ。そして、国境育ちのため政務を熟すことが出来ないから、それを補佐するとでも周囲に言い含め、アーサーヴェルトを傀儡とするつもりなのだろう」
「そう言えば、例の男爵令嬢と公爵家との繋がりはどうだったんですか?」
私の質問に、師匠は周囲に聞こえないよう防音魔法をかけてから、2人だけでゆっくり説明してくれた。
男爵令嬢の名はサナ・データーといい、いわゆる先祖返りの状態になっていたらしい。つまり、隣国の高位貴族に生まれた魔力無しの子…かの国では高位貴族に生まれた魔力無しを『恥じ子』と呼んでその存在を隠すらしいのだが、その家では隠すどころか捨ててしまったそうで。捨てられた子供は苦労の末に我が国へと流れつき、エズモント公爵家に出入りする商家の跡取り娘と結婚。
その夫婦に生まれたのが、サナ嬢なのだと。
当然、サナ嬢は平民だったが、ここで登場するのが先ほどのクリスマス…じゃなくて、クリスチアネ嬢だ。なんと彼女の父親は簡単な鑑定魔法が使えるらしく、コンスタンティンとアーサーヴェルトを見分けることが出来たのもそのお陰なのだそうで。贔屓にしている商人が、たまたま連れて来た娘。その娘に魅了の力が有ることを発見した公爵は、『これは使える』とばかりにムリヤリ奪う。
泣き喚く幼い少女を、強引に男爵家と養子縁組させ。そして、使い勝手の良い駒として教育したというのが、サナ嬢本人より語られた真相だ。
「でな、エズモント公爵家には気取られぬようにと、サナ嬢が収監されたことは隠蔽してある。まあ、だからこそ、クリスチアネ嬢もここで奮闘しているんじゃろうが」
こ、怖っ。
それが私の正直な感想だ。己の野望のために、他所様の子を奪い、実の娘すらも道具にする。そんなにも、権力が欲しいのか?それとも、お金?いやー、相容れないわー。縦ロールのお父さん、きっと死ぬまで満足しないタイプの人間だわー。なんてことを思いながら、師匠と共に軍人用宿舎へと入る。
「うふふ、そうなんですの。わたくしも意外とお転婆なのですよ」
「あはは、その姿が目に浮かぶようだ」
「んもう、アーサーヴェルト様ったら!勝手に想像しないでくださいまし。恥ずかしくて…泣いてしまいますわよ」
「え?!あ、申し訳ない、俺は無神経なところが有るのです。ど、どうか、無礼をお許しください」
ふへっ。
思わず目を擦ってしまったのは、我らには高飛車だったはずの縦ロールがまるで無邪気な少女のように振る舞っていたからで。しかも、話し相手となっているアーサーヴェルトが、どちゃくそ翻弄されているではないか。
なんだろう、とっても背中が痒い。
そっか、そうだった。前にノノくんからも指摘を受けていたじゃないか。…アーサーヴェルトは異性関連が弱いのだと。ううむ、縦ロールの猫かぶりに騙され、まさに篭絡寸前。なんだよもう、ダメな子だなあ。思わず動きを止めた私に、師匠の呟きがダメ押しする。
「ふむ、コンスタンティン殿下を落とした時と同じ手管でアーサーヴェルトのことも攻めていくつもりじゃな。さすがクリスチアネ嬢、狙った獲物は逃がさんのう」
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