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39.キイイイイイイッ
しおりを挟む「なんて品の無い方かしら、とても不愉快だわ」
ちょっとッ。その扇、鉄製でしょ?!そんな物で叩けば痛いに決まっているんですけど。怒りで思わず手に力を入れると、アーサーヴェルトが分かり易く動揺した。
「あ、あの…クリスチアネ嬢、こちらの女性はですね…」
「アーサーヴェルト様、早く離れてくださいまし。下品が伝染りましてよ」
下品が、うつる??
おうおう、思ったよりも早く本性を表しやがったな。男に対する態度と、女に対する態度が違い過ぎるんですが。ったく、どこの悪役令嬢だっつうの。これでもケイゼル先生のマナー講座では全て『優』評価を貰っていますからねっ。
心の中でだけ威勢が良い私は、早くもへこたれそうになっていた。
「ク、クリスチアネ嬢?」
「貧相なその姿で、よくもまあアーサーヴェルト様の隣りに立とうなどと思えましたわね。そもそも、この国で高位貴族と番える女性は、ごく僅かということをご存知?よく聞いておきなさい。お前ごときがアーサーヴェルト様をお慕いするのは勝手ですけれども、決して選ばれることはありませんわよ。何故なら、わたくしのように膨大な魔力が無いと、この方のお相手を務めることは難しいからです」
すっご。鼻がニョキニョキ伸びまくりで、これを天狗と呼ばずして何と呼ぶのか。そういえば、私を虐めた侍女のジルといい、目の前にいる縦ロールといい、この国の貴族女子たちって性格が悪過ぎない??
てなことをボンヤリ考えていたら、いつの間にか師匠が私を庇うようにして立っていて。それから謎の魔法陣が書かれた羊皮紙を袂から取り出し、恐ろしいほど小さな声で呪文を呟き始める。
「ふむふむ。魔力のことなんじゃが、いま簡単に計測したところ、こちらのモモ嬢はクリスチアネ嬢が持つ魔力の5倍の量を保有しておるのう」
「まあ、ドゥオモ師ともあろう御方が、言い間違えていらっしゃいますわよ。わたくしの持つ魔力が、そちらの貧民の魔力の5倍も有るのでしょう?」
扇で口元を隠しながら、縦ロールは食い下がる。しかしそれを師匠が許さない。
「いんや、間違っとらん。多いのはモモちゃんの方じゃ。それと、クリスチアネ嬢。色々あってモモちゃんは一旦、魔力をすべて消去してしもうとる。それを改めて溜めだしてコレだ。もう暫くすれば十倍、いや、百倍は固いじゃろうな」
キイイイイイイッ。
ガラスをフォークで引っ掻いたような音がしたかと思えば、どうやらクリスチアネ嬢が悔しがって出している雄叫びと判明。さすが、温室育ち。打たれ弱くて、沸点も低すぎ。…などと思っていたら、どうやらそれが顔に出てしまったらしく。嘲笑と受け取った縦巻きロールは、再び私を貶めようとする。
「もう一度訊くわよ。アナタはどなた?部外者がこの宿舎に紛れ込んでいるのに、どうして誰も排除しないのかしら?」
チッチッチッ。師匠が人差し指を左右に揺らしながらドヤ顔を披露するも、縦ロールはそれに気付かない。
「あのな、ここにいるモモちゃんはのぅ…」
「早く出て行きなさい!ここは平民ごときがいていい場所じゃなくてよッ」
「頼むから聞いてくれ…じゃろ、じゃ、おい、こら聞けッ」
「この薄汚いドブネズミが!」
はっ、もしかして師匠って、ビジネス老人言葉だったのかしら?!だって、素に戻ると『じゃろ』が外れたもの!ウソウソ、師匠ったらイメージを守るためにそれっぽい話し方をしているってこと?!
「本気で怒るぞ、コラッ!」
「出て行かないのなら、叩き出すまでよッ」
この噛み合わない会話に業を煮やしたのか、ここで漸くアーサーヴェルトが割って入る。
「モモ嬢はノウゼンノットハルト様の実子で、ローゼンクランツ公爵家の血脈に連なる方です」
「ん、まあ、ご冗談を」
「いえ、本当の話なのですが」
「まさか…っ」
そんな呟きを残して、縦ロールは倒れてしまう。
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