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私について
しおりを挟む器用に生きてみたいけど、
やっぱり私には無理みたい。
あんなふうに生きられたら、ラクだろうな。
でも、私はこんなふうにしか生きられない。
それは分かっているのです。
「森さんって、不倫してたんだって」
「うわ、見るからにって感じ」
ボケナス。
聞こえてるっつうの。
ていうか『見るからに』って何?こっちは被害者なんですけど。
森恵麻26才。
某事務用品会社に就労中の派遣社員だ。
ちなみに部署は営業部から経営企画部へと異動したばかり。正直言って、経営企画が何なのかあまり理解していないが、取り敢えずボスの指示に従っている。
「あ、森さん。そろそろ頼めるかな?」
「はい、承知致しました」
ボスこと原さんは、
私より2つ年上のサイボーグみたいな男性だ。
寸分の狂いも許さない彼のルーティンを守るべく、午後3時になると私は必ず、給湯室のコーヒーマシンをセットする。経営企画部の女性社員たちはこの類の雑務を『女にばかりさせないで』と拒否しがちなので、快諾する私が気に入らないらしく。そんなこんなで、冒頭のように色々と噂されてしまうワケだ。
いや、事実なんですけどね。
でも、知らなかったんだもん。
飲み会で知り合ったIT企業のイケメン社長。
まだ32才で、しかも凄くモテそうなのに『彼女はいない』と。向こうから『付き合おう』としつこく言ってきて、それで渋々OKしたはずなのに、結局ハマったのは私の方。その後は尽くして尽くしまくり、漸く1年が過ぎた頃に知ってしまった。
…既婚者だと。
ううう。
彼女はいないけど奥さんはいますって、
そんなのアリ??
しかもそれを職場で一番仲良しのミキちゃんに愚痴ったら、翌日にはもう全社員が知っていたりして。
げに恐ろしきはオンナかな。
IT企業の社長と羽振りよく交際していた私を、日頃から快く思っていなかったらしく。ザマアミロとばかりに話を広めたらしい。ボロボロになった私は正社員だったその会社を辞め、こうして派遣社員の道を選んだ。
しかし、この見た目がどうにも嵐を呼ぶらしく。
男好きのする顔なのだと。
目尻がキュッと上がったアーモンドアイと無駄にプルプルした唇、ダメ押しで胸がEカップ。本人に誘っているつもりが無くても、誘っているように見えるよと。
営業部の方々は紳士だったので、あからさまには何も言って来なかった。だけど経営企画部の方々は異常なまでに飲みに誘ってくださり、それを断るのが結構大変で。どうせならボスに誘われたいのに、残念ながらソレは夢のまた夢みたいで。
ちぇ。タイプなんだけどな、ボスみたいな男性。
息詰まるほどの几帳面っぷりと理路整然としたその口調。誰に対しても態度は変わらず、安定した無表情。うん、ボスと私を足して2で割れば、普通の子供が生まれるに違いない…などと妄想が膨らむ今日この頃。
「あ、コーヒー出来た」
独り言を呟きながら、ボスのカップと自分のカップを用意する。
「…もうヤダってば、無理なのッ」
「だから理由を言えよ!」
背後から聞こえてくる、痴話ゲンカの声。
いやいやこんな昼間っから、しかも会社で誰だよいったい。
半笑いで振り返ると、そこには
──小柄な女性社員と言い争う、ボスの姿があった。
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