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12.松前さんをギャフンと言わせたい

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 ぷぷぷ。
 
 あちこちから笑いが聞こえてくる。タクシーの運転手っぽい人とか、もろサラリーマンとか、謎の若者とか、とにかくほぼ全員が笑っていた。しかし、松前さんはこんな時でも強気の姿勢を崩さない。キッと私を睨みながら言うのだ。
 
「そ、それでもこの人は私を選んだのよッ。堤さんは選ばれなかった!!負けたクセに何を偉そうに講釈を垂れてんの?!私はっ、嫌われてなんかいないッ、皆んなから愛されてるの!!」
 
 いやいや、嫌われてると言ったの私じゃないし。あ~、でも間違いは正しておかないとね。
 
「鈍いにもほどがあるわよ、松前さん。仕事のやり方をこうすればイイと注意してくれた人に逆ギレして、パワハラだなんだのと文句を言ったんですって?それに相手によって態度を変えてるそうじゃない。偉い人にはヘコヘコ、そうじゃない人にはツンツン。典型的なゴマすり女ね。
 
 しかも仕事量だって他の人の三分の一しか熟していないと聞いたわよ。幾ら新人とは言え、役立たず過ぎるって陰で皆んな怒ってるみたい。雑用は拒否する、仕事量は少ない、なのに残業だけメチャ多くて口癖が『忙しい、疲れた』。ほんと、どこに疲れる要素が有るのか教えて欲しいんですけど」
 
 あいよ、チャーシュー麺お待たせ!…そう言って店長が一気に3つとも運んで来た。その職人芸に思わず拍手してしまう。『いただきます』と手を合わせスグにそれを食べ出す私を見て、尚も松前さんは絡んでくる。
 
「そっ、そんなことを言うのはどうせ山口さんか鹿島さんでしょう?!お二人とも堤さんと仲が良かったですもんね!アナタの機嫌を取ろうとして言ったに決まってるじゃないですかッ!」
 
 ああ、もう煩いなあ…。
 
 口の中のチャーシューを急いで飲み込みながら私は渋々という感じで反論する。
 
「山口さんは、人の悪口なんて言わないわ。私が聞いたのは、斉藤さんと嶋さんと近藤さんと南さんと…ああ、もう以下敬称略でいくわね、崎村、小早川、田辺…ん?寺本って言ったっけ?まだよね…じゃあ寺本の計8人が定期的に愚痴会という名の飲み会を開いていて。メンバーは常に入れ替わるみたいなんだけど、とにかくそこで松前さんをどうやって追い出すかを検討しているみたいよ。ほら、人事って能力じゃなくて頭数で計算するでしょ?松前さんが出て行ってくれないと次の人を補充出来ないからって。
 
 可哀想に、皆んな相当ストレス溜めているみたい。だってアナタの熟せない三分の二の仕事が、全て彼らに押し付けられているんですもの。ただでさえ忙しいのに仕事を増やされ、しかもその原因である松前さんが偉そうにしてるからムカついて仕方ないんですって。せめて謙虚にしてあげたら?もしくは、皆んなのためにも部署異動を申請するといいと思うの。そうね、そうしなさい。それで皆んな大喜びするわ」
 
 ひと通り伝え終えた私は、再びチャーシュー麺を啜り出した。
  
 
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