好きですけど、それが何か?

ももくり

文字の大きさ
2 / 35

悪い男

しおりを挟む
 
 
 予想外に前田諒は悪い男だった。

 ストイックそうなその風貌は見掛け倒しだったらしく、彼の周囲には常に女性の影がちらつく。3つ年上の村瀬裕美ムラセ ユミさんは、営業部所属のキリッとした美人だ。前田がOJT研修を受けた際にトレーナーだったとかで、それ以降も2人きりで会っている姿をよく周囲に見られている。他にも同じ総務部で別の課に所属している新人の太田朱里オオタ アカリ。このコは男性の前だと態度が変わる典型的な猫かぶり女子なのだが、肉食系でもあり、より良いオスを求めてあちこち渡り歩いていると噂されている。その太田さんがここ最近、『自分が前田の彼女だ』と公言して憚らない。

 じゃあ私は何なのか?

 本人に訊くまでも無く分かっている。
 …そう、ストレス解消用のサンドバッグだ。

 それも仕方ないだろう。たかだか大学を出て数年の若造が、時には親ほど年の離れた相手に向かって欠点を指摘し、改善するよう指導する。そのことに対して分かり易く反感を示してくる人もいるし、ハッキリ拒絶されることも有る。相手を納得させるほどの知識や経験を積むことがどれほど大変か。もちろん人材開発課の人間であれば、自己啓発本なんて年間で100冊以上は読破しているが、詰め込んだ他者の思考が増えれば増えるほど本来の自分が消失してしまいそうになるのだ。明るく笑って見せても中身は崩壊寸前、それが短時間だけでも空白にすることが出来れば幾分かラクになれるのである。

「千脇、この餃子、なんか水っぽくないか?」
「え?ああ。タネを混ぜたまま暫く放置しちゃったからかな。急に電話が掛かってきたんだよね」

「ほんとお前っていつまで経っても料理が上手くならないよな」
「ははっ、ごめん」

 自分でも本当に不思議なのだが、こんな風に料理がヘタだと言われても全然怒る気にもならない。なぜなら前田は彼氏では無いからだ。

 >俺の彼女、めちゃくちゃ料理上手なんだよな。
 >特に豚汁とか美味しいんだ。

 …いつだったか、総務部の飲み会で前田が宮丸くんにそう惚気ていた。その“彼女”がどの人のことかは不明だが、とにかくお気に入りのその女性は前田好みの料理を作るらしい。しかもどうやら私にはマゾっ気が有るようで、そんな話を聞いておきながらその数日後に彼が我が家にやって来た際、豚汁を作って出してみたりするのだ。

 もちろん結果は、惨敗。

「相変わらずゴチャゴチャと具材を入れ過ぎなんだよ。それに俺、ジャガ芋より里芋の方が好きだな」

 勝手なことをホザきやがってと内心は思ったが、それも口には出さなかった。何度でも言うが前田は彼氏では無いからだ。週に数回やって来て、裸でストレスを解消するだけの相手。そう、セフレですら無い。私はこんな男とフレンドになったりしないのである。

「ちょっ、コップを割っちゃうところだったでしょ?!人が洗い物してる時に後ろから抱き着かないでよッ」
「は?バアカ、6日も触れなかったんだぞ、ちょっとくらいサービスしてくれてもいいじゃないか」

 はいはい、どうやら他の女性達から相手にして貰えなくて溜まっているようですね。って、いでで、そんなムリヤリ首を曲げてキスしなくても。

「はーっ、ああ、もう、無理!」
「へ?」

「このままベッドに連れてく!」
「って、前田?!私、手が泡だらけなんですけどッ」

 ザバザバと泡を洗い流され、そのまま拉致されるかの如くベッドへと連れ去られる。

「千脇、お前も自分で服を脱げ。時間短縮に協力しろ!」
「あー、はいはい」

 なんだよこの雑な扱い。いくら私が花沢さんだからって酷くない??きっとこれがマリちゃんとか村瀬さんとか太田さんが相手だったら、お姫様抱っこくらいして大サービスするクセに。

「早く!ほら見てみろ、俺はもう全部脱いだぞ!」
「…煩いなあ」

 まったくムードもクソも無い。っていうかこんな目に遭わされても素直に従う自分が哀れだわ。小さく『はあ…』と溜息を吐いた私を見て、前田が不機嫌そうに呟く。

「千脇…、そういうの、傷つくんだけど」
「はあ…」

 それはこっちの台詞だし。他の女と一緒くたにされて、都合よく扱われながらもこうやってご飯作ってアンタを迎え入れるのは、何だかんだ言って好きだからだよ。そこんとこ、気付かれないようにするのも結構骨が折れるんだからねッ。
 
 くっそ、ムカつく。ほんとムカつく。
 なんでこんな極悪非道な男に惚れちまうのさ。

「だから溜め息とか吐かれると傷つくんだってば」
「はあ…」

 こんな小さな抵抗くらい許してよ。

 ええ、そうです。現状打破のため新しい恋を見つけようと奮闘してみたものの、副社長が紹介してくれた地味メガネの清水さんには吉川さんという素敵な彼女がいて、最終的にはその吉川さんと仲良くなってしまう始末。実は餃子が水っぽくなった原因はその吉川さんからの電話で、どうやら私に素敵な男性を紹介してくださるらしい。清水さんの親友ってところがちと心配だけど、二次元大好きなゲームオタクだから絶対に浮気しないんですとさ。でも、今どきゲームの世界も3Dが主流だからね?!それじゃあもう“二次元好き”の看板に偽りアリって感じじゃない?…って、そこ?私の突っ込みセンサーはそこに反応しちゃうワケ?

「なあ、もっと声出せよ、千脇」

 毎度お馴染み、エロボイスを要求され反骨心ムクムクで堪える私をひたすら責める前田の図。

「出せよ、千脇。もっと俺に夢中になれって」
「う…っく、…やだ」

 可愛くない女だと自分でも思う。

 だけど、好きという気持ちにブレーキをかけさせるお前が悪い。…などとを考えながらも、いつも最後は喘ぎまくるヘナチョコな私なのだ。

 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

【完結】ディープキス

コハラ
恋愛
酔った勢いで3才年下の草食系眼鏡男子、森山君(29)とキスをしたゲームディレクターの春川葵(32)はその日から彼に翻弄されるのだった。森山君と乙女ゲームのシナリオを書く事なり、一週間ホテルで缶詰めになる二人だったが……。果たして二人の恋の行方は? ―――――――――――― イラストは生成AIにて作成

俺様外科医の溺愛、俺の独占欲に火がついた、お前は俺が守る

ラヴ KAZU
恋愛
ある日、まゆは父親からお見合いを進められる。 義兄を慕ってきたまゆはお見合いを阻止すべく、車に引かれそうになったところを助けてくれた、祐志に恋人の振りを頼む。 そこではじめてを経験する。 まゆは三十六年間、男性経験がなかった。 実は祐志は父親から許嫁の存在を伝えられていた。 深海まゆ、一夜を共にした女性だった。 それからまゆの身が危険にさらされる。 「まゆ、お前は俺が守る」 偽りの恋人のはずが、まゆは祐志に惹かれていく。 祐志はまゆを守り切れるのか。 そして、まゆの目の前に現れた工藤飛鳥。 借金の取り立てをする工藤組若頭。 「俺の女になれ」 工藤の言葉に首を縦に振るも、過去のトラウマから身体を重ねることが出来ない。 そんなまゆに一目惚れをした工藤飛鳥。 そして、まゆも徐々に工藤の優しさに惹かれ始める。 果たして、この恋のトライアングルはどうなるのか。

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

処理中です...