好きですけど、それが何か?

ももくり

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ひとりでフレンチレストラン?

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 人生に変化は必要だと思うが、
 何故かそれは一気に訪れるものらしい。
 
 
「今月末付けで大久保さんと北村がシステム開発へ異動し、その代わりに廣瀬ヒロセさんが加わります」

 下々の私にはよく分からないが、経営陣と大株主とで話し合った結果、事務職の人員が多すぎるとの指摘を受けたらしく。収益を上げるためには事務部門を縮小し、技術部門を拡大せよという結論に至ったとかで、人材開発課の人員を減らすことになったそうだ。

 我が課の発足人である迫田さんやその上司の副社長も必死で抵抗したが、業績が数字では提示し難いことが仇となり、数カ月に渡った話し合いの末、迫田さんが譲歩せざるを得なくなり。中堅の大久保さんと新人でチャラい北村くんを手放し、その代わり経営企画部の廣瀬さんが兼任することになったのだと。

 廣瀬さんはとにかくキレ者の独身男性だ。確か年齢は31歳。生まれついてのリーダー属性というか、それも俺様タイプではなく、優等生な委員長タイプといった感じだろうか。
 
 そこに存在しているだけでキラキラという擬音が聞こえてきそうなほど整った容貌をしているが、それを悪用することも無く。しかし遠くから見ているからそう思うだけで、実際一緒に働くと綻びが見えてくるのかもしれない。いや、欠点が無さ過ぎるのが欠点とでも言おうか、とにかく評判が良すぎる御方なのである。

 

「今まで黙っててゴメン。あと1カ月で皆んなとはお別れなんだ!」
「有難う、北村!お陰であの廣瀬さんと一緒に働くことが出来るよ」

「ちょ、ひでえな、宮丸って鬼だと思わないか?」
「ああ、きっと廣瀬さんから学ぶことは多いはずだ」

「くっそ、前田までそんなことを言うか。あ、マリちゃん、キミは違うよね?俺がいなくなったら寂しいだろ?頼む、そう言ってくれ!」
「廣瀬さんって本当に素敵…」

「うーあああーっ、冷たい、皆んな冷たい!!千脇、お前もか?!」
「北村くん、サヨウナラ」
 
 アハハハ!!と一斉に笑っていつも通りのランチタイムを終えた。

 本当は皆んな分かっていたはずだ…北村くんが自ら異動願いを出していたことを。明るく前向きに振る舞っていても、彼はもう限界だった。軽そうなその外見のせいで目上の人から攻撃を受けることも多く、根が真面目な北村くんはそれを器用に受け流せなかったのである。『自分には向いていない』と迫田さんによく相談していたから、多分それが今回の異動へと繋がったのだろう。

 システム開発部は残業が多く、人間関係も最悪だと聞く。それでも北村くんはそこへ移ることを希望したのだ。それは『人材開発部がそれ以下の部署だ』と言われているようで私達の気持ちを沈ませたが、だからと言って北村くんを責めるつもりは無い。

 決して負け惜しみでは無く、
 自分はこの仕事に向いていると思うからだ。

 そんな胸の内をまるで透視したかのように前田が隣りでボソッと呟いた。

「俺は、この仕事にやりがいを感じるし、好きなんだけどな」

 だから私も独り言のふりをしてボソッと呟き返す。

「私もだよ」

 誰にも気づかれないようにそっとエレベーターの中で手を握ってきた前田に、一瞬だけ視線を投げて微笑み合う。こんな時にもふと実感してしまうのだ。

 私はやっぱりこの男が好きなのだと。




 ………
 先に述べたように1つ目の変化は仕事関係。
 2つ目の変化はプライベートでのことだ。

 >会ってみるだけでも会ってみたら?

 そう熱心に薦めてくれる吉川さんの言葉に『じゃあ1回だけ』と了承し、清水さんの親友と対面することにした。ところが誰が予約したのか、よりにもよって高級ホテル内のフレンチレストランなのだと。しかも、そのホテルのロビーで待ち合わせって…頭おかしいよね??

 嫌な予感は当たるもので、待てど暮らせど相手は来ない。

 そりゃそうだろう、だって二次元大好きなオタク男性が、こんな敷居の高いホテルのしかもフレンチって。ナイフとフォークでお皿キコキコ鳴らしたらどうしようかと、私でもビビるわッ!!二杯目のコーヒーを飲み干してもう帰ろうかと思った時に、ウエイトレスが気の毒そうな表情で私に話し掛けて来た。

「あの、千脇様でいらっしゃいますか?」
「…はい、そうですが」

「先程、平田様から電話がございまして、『やはりムリでした、申し訳ありません』と伝えて欲しいとのことでした」
「ええっ?あ…、ワザワザ有難うございます」

 平田さんというのは、清水さんが紹介してくれた男性の名前だ。そっか、来れないと言うことなんだな?それ見たことかと私は胸をなでおろす。となるとフレンチレストランのキャンセルを…って、まさか…。

 またまた嫌な予感がした。

 こんな高級ホテルのレストランなのだ、当日キャンセルはもしかして料金が発生するのではないだろうか?恐る恐るウェイトレスに事情を説明するとフレンチレストランの方に電話で問い合わせしてくれたのだが…。

「お客様、8Fにございますフレンチレンストランの当日キャンセルは、全額お支払いいただくことになるそうです!」

 声が大きいしッ。

 念のため吉川さんに電話で確認したところ、どうやら今日は平田さんの誕生日とかで清水さんが気を利かせて2人分1万2千円を支払い済みなのだと。なんだよその無駄な気配り!!残念ながらそのお金は戻って来ませんよッ。

 勿体ない…。
 勿体なさ過ぎて泣きそう。

 だが、さすがに1人でフレンチ食べる図太さは持ち合わせていないし、かと言って今から誰かを呼び出すのも時間的に厳し…って、あら?そこに見えるのはもしや

「廣瀬さん?!」
「えっ、あ、そう…ですが…」

 たまたま偶然この高級ホテルのロビーにいるなんて、なんたるラッキー・ガイだろうか。そんなワケで私は、戸惑うその人に向かって笑顔で駆け寄ったのである。

 
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