好きですけど、それが何か?

ももくり

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ダメ女

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 今更ながらに己のプレゼン能力の高さを褒めてあげたい。

 そっか、普段仕事でアレコレ説明したりしているのはこうして日常でも役立つんだな。ほぼ初対面と言ってもおかしくない私から、食事に誘われた…いや、もはや逆ナン状態だったにも関わらず、廣瀬さんは快諾してくれた。

 ホテル内にて行なわれた、得意先である酒造メーカーの新商品披露パーティーに出席した帰りとかで。しこたまアルコールを口にしていたこともあり、このまま直帰する予定だったのだと。…で、颯爽とロビーを通過しようとしたところを私に見つかったらしい。



「わあ、パッカリ半分になった月が綺麗ですね」
「ああ…、上弦の月だな」

 フレンチレストランは一面がガラス張りで夜景が楽しめるようになっており、風雅を解する女を演出してみようと思った私は無駄に月のことなんぞ褒めてみたのだが。その挑戦は敢え無く失敗に終わった。『パッカリ』って…、それに対して廣瀬さんの方はサラリと『上弦の月』という単語が出てくるのがまた憎い。

 だけど平気!

 だって本日のランチタイムで廣瀬さんの話題が出て、イヤというほどこの人に関する情報を得ているのだ。廣瀬さんにはNYと日本とで遠距離恋愛中の彼女がいるそうで、もうそろそろ結婚するだろうと。多分その女性にこうして2人きりで食事をしていることがバレることは無いし、きっと廣瀬さんの方も感じているだろう、…この食事に私が色気なんか求めていないことを。
 
 そうこうしている間に前菜が運ばれてきて、戦闘開始とばかりに私はフォークを握る。『さあ、食べるぞ~!!』と意気込む私の勢いを削ぐかのように、廣瀬さんが微笑みながら話し掛けてきた。

「男同士でバースデープレゼントを贈り合うとか、一般的なのかなあ?」
「いいえ、違うと思いますよ。清水さんの場合、日頃からとてもお世話になっていた友人とかで。いつも2人で飲みに行くと自分のボトルを提供してくれるのだそうです。それも一本、ン万円もするお酒を毎回空けてしまうのに、その代金を決して受け取ってくれないらしくて、だから今回の食事で少しでも返したかったと言っていました」

「なるほどね。そっか、申し訳ないね、それほど懐の深い男性と食事を楽しむはずだったのに、俺なんかと入れ替わってしまって…」
「なんですかねコレ?すっごく赤い…赤かぶ?」

「いや、ビーツだよ。ボルシチはこの野菜のせいで赤いんだよ。えっと…、話を戻すけど千脇さんは出会いを求め…」
「このカボチャ、生なんですけど。食べても平気ですかね?」

「それはコリンキーと言って生で食べられるんだよ。あのね、千脇さん」
「はい」

 どうやら廣瀬さんは村一番の物知りジイさんのようだ。珍しい野菜だらけのサラダに興奮した私は、問い掛けに返事をしながらも無意識にフォークに刺したイボイボの野菜を差し出す。『これは何ですか?』という意味である。

「ロマネスコ…。ああ、もう、分かったよ。ゴメン、誤解してた」
「誤解、ですか?」

 彼は恥ずかしそうに説明し出す。過去にも何度かこうして女性社員から待ち伏せされたことが有り、てっきり今回も同様のケースだと思ってしまったのだと。どこで訊いてくるのかは知らないが、パーティーに参加した廣瀬さんを偶然を装って待ち伏せし、飲みに誘ったりしてくる人がいるらしい。

「千脇さんもそれと同類かと…。それならもうすぐ直属の上司と部下になるワケだし、何とか上手く諦めるよう説得しようと考えていたんだ。でも、俺の取り越し苦労だったみたいだね」
「結婚間近の彼女がいるのにさすが廣瀬さん、モテモテなんですね!」

 目の前にいたのが他の男性ならばきっと憤慨したかもしれないが、何せ相手は廣瀬さんなのだ。妙に納得してしまった私は思わず同情の表情を浮かべてしまう。

「結婚間近?…ああ、その相手なら1年…いや、2年前に別れているよ」
「んぐ」

 さすがの私も人様のデリケートな部分には触れないでおこうと口を噤んだのに、何故か廣瀬さんの方から積極的に詳細を語ってくださる。NYと日本で遠距離恋愛になると分かった時点で廣瀬さんの方が結婚を切り出したところ、相手の女性から断られてしまったのだと。

「多分、俺にそこまでの魅力が無かったんだろうなあ」
「まあ、確かに廣瀬さんと結婚って現実味無いですよねえ」

「えっ?」
「えっ?」

 はは~ん、これはもしやアレだな。『自分なんか』と謙遜しておいて、『そんなことないですよ貴方様は最高ですッ!』と褒め讃えて欲しかったってヤツか。それを同意されてしまったせいで引っ込みが付かなくなってしまったのだな。

 そっか、完璧そうに見える廣瀬さんにも、
 そういうあざとい部分が有るのか。

「ははっ。俺って、結婚に向かないように見える?」
「はい、見えます。すっごい神経質そうでシーツなんか毎日洗おうよとか言い出して、賞味期限が1日でも切れた食料品を見つけたらコッソリ捨てて自分で新しいのを買って補充しそうだし、おバカなテレビ番組とか絶対に観なくてアカデミックな番組しか観させて貰えず、買い物した時に3個までなら暗算しておいてレジで自分の順番が来るまでにお金をピッタリ用意しとけよって言われそうでとにかくなんだか怖いです」

 …言い訳をさせて貰うと、下戸のくせにワインを数口飲んでしまった私は、ペラペラと本音を話すダメ女になっていたのである。

 
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