好きですけど、それが何か?

ももくり

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う、ええっ?!ほ、本命?

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「へええ、ご主人も奥様も名前がトモミさんなんですね」
「そうなの、主人が智巳で私が友美。だからこの店の名前はトモミコーヒーなの」

 休日にワザワザ呼び出しておいて、何故か村瀬さんは喫茶店のマスターの奥様らしき女性との会話に没頭している。もしや真正面に座っている私が見えないのかと思うほど、華麗なるスルーっぷりだ。

「このお店、作家の三木隆夫先生も常連なのでしょう?ここにいると時間を忘れて書き続けてしまう…と何かのインタビューで答えていらっしゃいましたから。そこに飾ってあるセピア色のアートフラワーといい、天鵞絨の椅子といい、昔ながらのシャンデリアだって、とにかく何もかもがレトロな雰囲気で素敵だと思います」
「うふふ、そこまで褒めてくださると嬉しいわ。あ、ごめんなさい、他のお客様に呼ばれてしまったみたいなので、ここで失礼するわね」

 いや、明らかに他のお客様なんていないし。店内、ガラガラだよ。セピア色のアートフラワーって上手い表現してるけど、実際は枯れたバラの花束なだけで、天鵞絨の椅子だってところどころ色が剥げてるし、シャンデリアも悪趣味だと思う。

 …結論、村瀬さんは明らかに時間稼ぎをしている。だから必死でマスターの奥様を引き留めてダラダラと長話をしたに違いない。じゃあいったい何のために時間稼ぎを?まっ、まさか??

「村瀬さん、もしかして前田くんの婚約者がこの店に来るのかい?」
「えっ?!あー、ああ、えっと…」

 廣瀬さんの問いに口籠る村瀬さん。

 その尋常ではない狼狽えっぷりに私は確信した。来るんだ、前田の大本命である婚約者が。今まではその姿を知らなかったから、どこか架空の人物みたいで現実味が無かったのに。とうとう目の前に現れると思った途端、心臓がギュッと苦しくなる。

「あの…ね、千脇さん。前田って父子家庭で育っててさ」
「そうなんですか?」

 何故このタイミングで彼の家族構成を教えてくださるのだろう?混乱しつつも私は話に耳を傾けた。

「しかも三兄弟の末っ子で、中・高と男子校だったのね」
「男子校出身というのだけは知ってます」

「バスケ部にいたけど、かなり有名な強豪校で恋愛禁止だったんですって」
「はあ、今どき珍しいですね」

「先輩が鬼のように厳しくて卒業後もOBとして監視してくるから、前田が同年代の女性と話すことが出来たのは大学に進んでからなの」
「あらまあ」

 他に何と答えればいいのだろうか?

「でも、あの性格でしょ?結局、4年間女性との接触…あ、この場合の“接触”というのは会話レベルよ…えっと、とにかくそれはほぼ皆無で残念ながら女性に免疫が無い状態で社会に放流されてしまったワケ」
「放流…」

「私がOJTで指導に就いた時は、もうカチコチに固まってしまってね。それを気長に温かく見守り、世間話レベルまで出来るよう特訓してあげたのよ」
「そう…だったんですか…」

 確かに入社当時の前田は無愛想で有名だったけど、それが徐々に柔らかい雰囲気になったのは村瀬さんのお陰だったのか。いや、私に対してだけはいつまでもずっと無愛想だったけどねッ。

「当然、初恋だったみたいよ」
「はつこい?」

「社会人になってから漸く女性との接点が増えて、その中で一緒にいて楽しいのは、その人が初めてだったんですって」
「一緒にいて楽しい女性…」

 それなら私だって愉快な女だと思うんだけどな。

「でもほら、外見はオトナだけど中身は中学生だから。優しくしたいのについ冷たくしてしまって、いつも私に泣きついて来てたのよねー。ほんと前田ってバカでしょ?」
「…ですね」

 初恋の相手が婚約者ということなんだろうか?だとすれば、もしかして私の知ってる人なのかな?

「周囲がその女性を褒めると、歪んだ独占欲でひたすら貶し続け、だけど後悔に苛まれてその晩、私を飲みに誘って彼女のことを称賛し続けるとかね。本人に直接感謝の言葉を伝えられないから、宴席なんかで第三者に彼女自慢をするフリをして本人に聞かせるという、本当に面倒臭い男なのよ」
「宴席で、聞かせる」

 それってまさかマリちゃん?でも宮丸くんと付き合ってるし…。瞼をパチパチ上下させていると、隣で廣瀬さんがボソリと呟く。

「なるほど、千脇さんが本命だったのか」
「ほんめい…。う、ええっ?!ほ、本命?」
 
 
──────────
 ※豆知識…OJTとは、先輩や上司がマンツーマンで指導にあたり、実務を通して知識やスキルを身につけるという人材育成法。
 
 
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