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おかしいな
しおりを挟む村瀬さんの口がVの字になっている。それはつまり黙秘という意味なのか?
「いらっしゃいませ~」
「あ、先にツレがいるのでッ」
遠くでそんなやり取りが聞こえ、背後から誰かの足音が聞こえてきた。この話の流れからいくと、登場するのは勿論あの人だろう。
4人用テーブルの窓際に座る私、その隣には廣瀬さんが座っているのだが、到着したばかりでゼエゼエと息をしているその人は無言で真っ赤な薔薇の花束を差し出す。ヒトの悪い廣瀬さんがわざとらしくこう質問した。
「えっ?もしかして俺にくれるの?」
「違います、千脇に」
前田はそう答えながら、『花束を受け取ってくれ』と言わんばかりにグイグイ手を伸ばす。きっとそちらからは見えていないと思うけど、廣瀬さんの頬に薔薇が押し付けられてるからねッ?!正直、見てて不憫だよッ。
「前田、とにかく落ち着いて」
「無理、緊張し過ぎて死にそう」
何をそんなに緊張しているのかは不明だが、取り敢えず廣瀬さんが彼から花束を奪い、更にそれを私に渡してくれた。それにしてもなんて大量の薔薇だろうか?こんなに巨大だと視界がほぼ遮られてしまうではないか。
「…千脇、これを受け取ってくれ!」
「えっ、『これ』って何?」
前田が何かを差し出しているらしいが、花束が邪魔でまったく見えない。どうにか視界を確保しようとした私は、ついウッカリ前田と同じ轍を踏む。
「い、痛いんだけど千脇さん。この花束、もしかして凶器なの?」
「えっ、あ!ごめんなさい廣瀬さん」
仕方なく花束はテーブルの上に置き、改めて前田の手元を見詰める。えっと、四角いケースに入った…、は?!まさか、そんなワケないよね、だってそれって…。
「千脇芙美さん!」
「はい、なんでしょうか前田諒さん」
「……ください」
「へ?」
「俺と結婚してください!いやもう、断られるのは分かってるんだ、だって廣瀬さんと付き合っているんだろう?しかも一緒に住んでいるって。でも、これから俺が生きていく上でケジメを付けておかないと次に進めないから。俺はずっと千脇と付き合っているつもりでいたし、結婚も千脇とするつもりでいたけど、それは言葉が足りなくて伝わらなかったみたいで、でもそれは俺の責任だし今後はこの失敗を教訓に…」
「はい!」
プロポーズの言葉を途中でぶった切ってやったわ。あはは!!
「は…い?」
「えっ?だからYESだよ!」
「ええっ?!」
「前田と結婚します」
そう言いながら私は前田の手から指輪を奪い、自分の左手薬指にスルスルと嵌めた。ん~、ちょっとサイズ大きめかな?でもまあ、お直しすればいいか!
「でも、廣瀬さんは?」
「付き合ってないよ、フリしてるだけ」
おかしいな、プロポーズされたからOKしただけなのに、何だろこの微妙な空気。
「一緒に住んでるっていうのは?」
「住んでるけど、まあ、男子高校生の合宿所のような色気のケも無い状態だよ」
「千脇は廣瀬さんと男女の仲じゃないってことか?」
「あはは、全然だよ、私達はそうい…」
私が最後まで言い終わらないうちに、廣瀬さんが口を挟んでくる。
「いやあ、逆に俺の方が訊きたいくらいだよ。この千脇さんを女にしちゃうなんて、前田くんは余程スゴイ何かを持っているんだろうな。かれこれ1カ月半も一緒に暮らしたけど、この俺を男として見ないし、迫っても来ないなんてさ。本当に有り得ないんだけど」
だから私も正直な感想を述べた。
「それはだって、廣瀬さんの方が私を恋愛対象として見なかったからでしょう?まあ、どっちにしろ廣瀬さんはいつも仕事を持ち帰って忙しそうだったので、貴重な時間を私ごときが奪っては悪いと思って遠慮してましたけどね」
「は?!俺はな、ちょっとだけお前のことを女だと意識しててな、照れ隠しで仕事をしているフリをしていた時も有ったぞ」
「嘘?!なんですかソレ、廣瀬さんのクセにそんな恥ずかしいこと言わないでくださいよ」
「くっそ、お前、俺のことをいったい何だと思ってんの?普通に性欲あるからな、そっちから迫ってきたら遠慮なくヤッてたっつうの!!でも俺の自慢は自分から迫ったことが一度も無いってことだし、その輝かしい栄光をお前ごときに破られて堪るものかというプライドだけで耐え忍んだわッ」
「うわっ、廣瀬さんのそんな話は聞きたくなかった」
「うッ、俺も言うつもりじゃなかったからな!」
そう呟きながら廣瀬さんは立ち上がり、自分がいたその席に前田を座らせた。
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