彼がスーツを脱いだなら

ももくり

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彼が彼女を撃退した!

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……
数か月後。

三連休を利用して私は山田君と帰省中だ。えっと、帰省というか下見というか。元々期間限定の修業だったからそれが終わると遠距離恋愛になるワケで。実はそこのところを何となくボヤかしていたのだが。

何故なら、そこを追求すると尻込みするのではないか、いやそんな軽い気持ちで東京まで追い掛けてくるはずないよね…などと悲喜こもごもな思いが自分の中で錯綜したせいである。

自慢じゃないが、こう見えて私はビビリだ。

ビビリがあんなにしつこく意中の男性に迫り続けられるはずがない。…そんな反論も聞こえてきそうだが事実なのだ。片道の意思表示は得意だけど、往復の意思確認は苦手という厄介な人間で。だから『好き』は言えるけど、『この先、私達どうするの?』は訊けない。多分、それは山田君も同様で。いや、この男に於いては片道の意思表示すら苦手だったりするのだが。

とにかく今回も他者のチカラを借りて前進した。その他者とは二瓶さんでも大野さんでも無く、残念ながら恋敵の来栖さんだったりする。

というのも先月、内部監査が終了したため山田君は改めて経理部へと配属された。そうすると終日経理部にいることになり、それを狙って来栖さんが頻繁にやって来るようになったのだ。過去に1度だけランチを一緒に食べたという話を何度でも引っ張り出して自分との親密さをアピールしまくり、そして周囲に響き渡る声で山田君に訊いたのである。

「山田さんってあと数カ月で地元に戻るでしょ。もしその間にこっちで彼女とか出来たら、どうするんですか?遠距離恋愛で頑張るの?」
「…えっと、あ…」

さすがの来栖さんも、隣席に『彼女』がいるとは思うまい。そしてその彼女はキーを打っていた指を止め、明らかに答えを待っている。山田君がチラリとこちらを見たので思わず私もゴクリと喉を鳴らす。…すると彼はハッキリこう答えたのだ。

「もちろん、一緒に連れて帰りますよ」

一緒って、それはつまり??

『お父さんお母さん、僕の彼女を紹介します』
『でかしたぞ吉一!可愛いコじゃないかッ』
『まあ、素敵!早く孫の顔が見たいわァ』

…的なアレだろうか。

山田君の表情を見たいけど、彼と私の間には来栖さんがドドンと立っており、視界は来栖さんの背中でイッパイだ。チッ。この人、お尻の位置が高いな。終いには反対隣りの辻村さん(40代後半)に『頭が前後に揺れてるよ』と指摘される始末。でもでも辻村さん、これは私の人生を左右するとっても重大な話なんですよ!…と言いたいけど、言えない。

なぜなら私と山田君の仲は秘密だからだ。

“俺、仕事を頑張るから!”というテイで東京まで出て来たのが、実は恋愛絡みだったとか。座席を決めた際も、そういう邪念タップリに私の隣席を切望したということをバレたくないのだと。ウチのシャイボーイがね、そう言うんですよお。というワケで仕方なく再びキーを打ち始め、仕事に専念していると来栖さんが意外なことをホザく。

「うふ、じゃあ安心して恋愛出来ますね」
「え?ああ、そんなことよりもこの項目って…」

「『そんなことより』って、酷いわ!私、眠れなくなるほど悩んでいたんですよ。もし付き合えてもスグに離れ離れだなって」
「はあ?で、課税対象になりますか?」

「将来のことも考えているのなら、安心です。あ、この項目は対象になりません」
「そうですか」

ここでジュニアが来栖さんを呼んだので、小さくスキップしながら彼女は去って行った。

タンタンタタタンッ!!

何の音かというと、私がテンキーを叩く音で。『早く説明しなさいよ』という意味を込め、存在感をアピールするためワザと大きな音を立てていたのだが、山田君は私の端末画面をヒョイと覗いてこう指摘する。

「ねえ、愛宕さん。いま入力してる租税公課って収入印紙代だろ?金額、2億円になってるけど大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃないですッ」

「後で説明するんで、仕事はキッチリしようね」
「は、はーい」

そう返事した矢先にまた来栖さんが戻って来た。聞くところに寄ると、来栖さんのモテ伝説はハンパないらしい。クライアントの既婚男性にしつこく誘われ、仕方なく1度だけ食事をしたところ、『キミのためなら妻子を捨ててもイイッ!』と言われたとかなんとか。大学時代に塾講師のバイトをした際も、大半の男子学生に惚れられ、誕生日に32個ものプレゼントを貰ったとか。とにかく恋愛関係で挫折したことが無いそうだ。だから『自分が好意を示せば、落ちない男はいない』と思っているのだろう。

現在彼氏がいないのは元カレと別れたばかりで、その元カレも付き合った途端にストーカーと化し、愛され過ぎて怖かったのだと。…いえ、ここまでは全て山田君情報なんですけどね。以前、ランチに行った際にこんな話を延々と聞かされて死にそうだったんですと。

>『だから何?』って感じだよな。
>もう死んでもアイツと2人だけで食事しない。

ウチのシャイボーイはそう申しておりましたが、どうやらそれは来栖さんには伝わっておらず。

「あのう、山田さん。今晩って空いてますか?」
「いえ、人と約束していますが」

「そうですか。じゃあ明日は?私の方が都合を合わせてあげますよ」
「は?いったい用件は何ですか?」

『この私が、アナタの予定に合わせてあげるんですよ?有り難く思いなさい』的な言い回しなのに、来栖さんが言うと普通に聞こえるから驚きだ。

「え?一緒に食事をして、親交を深めたいと…」
「はあ。では、部署全体に周知しておきますね」

「そ、そうじゃなくて、2人きりで食事をッ」
「申し訳ないんですが、俺、彼女いるんで」

「山田さん、彼女いるんですか?でも、ほら、若いうちは選択肢が多いですし。そんなに急いで決めなくても良いのでは?例えば別の女性と会ってみたりして、グレードアップしていくのもアリですよ」

山田君はニッコリ微笑んでこう言った。

「俺の彼女、無敵なんですよ。たぶんアレよりスゴイ女は現れないと思うな。それより、今まで波風を立てたく無くて様子を窺っていましたが、職務中の雑談は迷惑です。今後は控えていただけませんか?正直、来栖さんには全く興味ありませんので」
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