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無事に…

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「香奈ちゃん、大丈夫か?」
「……」
 
 息を殺して黙っていると、尚更ノックの音が激しくなった。そう、まるで太鼓を叩いているかのごとく連打である。うん、フンドシ姿で荒波を受けながら岩の上で和太鼓を叩く内藤さんもきっと素敵だろうな。男気だよね~、そういえばフンドシってどうなってるんだろう?一本の布をどうすればあんな風に固定できるのかしらん。
 
 なんてことを考えた私は、そこにあるフェイスタオルで試すことにした。
 
「香奈ちゃん…。もしかして俺とするの、嫌?」
「うあ?!ああっ、内藤さんッ」
 
 『押してもダメなら引いてみな』では無いが、ドアをドンドン叩かれるよりも落ち込んでいる声を聞かされる方が効果的なようで。すぐに開錠したものの、慌てていたせいでタオルはフンドシ巻きのままだ。全裸なのにフンドシ、そりゃあ誰だって驚くよ。しかし彼はそのことには触れず、安堵の表情を浮かべてこう言うのである。
 
「良かった、倒れてるかと思って心配したんだぞ」
「ごめんなさい…」
 
 謝罪しながらコッソリとフンドシタオルを外し、そのまま俯いてしまう。
 
「おいで、いつまでもそんな格好をしていたら風邪を引いちゃうから」
「こ、こんな貧相な体でガッカリしたでしょ」
 
「全然」
「でもっ、内藤さんの華麗なる女性遍歴の中で、最低レベルを更新したんじゃ…」
 
 こんな卑屈なことを言いたくないのに、ヘタレな私は予防線を張りたがるのだ。
 
「バーカ。俺の愛情、舐めんなよ」
「愛情だけではカバーできないものも時には有りますしッ」
 
 面倒臭い女だという自覚はあった。
 
 だけど、そんな私に呆れもせずに内藤さんはニヨニヨと笑う。優しそうなタレ目が更に下がり、口元はゆるゆるだ。その顔を見ているだけで、自然と心が解れていく。

「好きだよ、香奈」
「…知ってます」
 
「こんなに誰かを好きになったのは、初めてだ」
「わ、私もです」
 
「好きだから、繋がりたい。香奈を全部俺のものにしたい」
「はい、どうぞ」
 
 トスンとその胸に飛び込んだ…までは覚えている。その後はもう無我夢中で。ひたすらその背中にしがみついていたら、いつの間にか最終目的に辿り着いた感じだ。

「ふんぐー!!!い、痛いいぃ」
 
 妄想とは大違いで、色気の無い声が出たけれど内藤さんは優しく頭を撫でてくれて。いちいち愛情を感じるその仕草に、現実もなかなか捨てたものじゃないと思いながらいつしか私は眠ってしまい。
 
 
 
 翌朝、照れながら2人揃ってホテルを出ると、あ~らビックリ。
 
「か、香奈?!」
「うん…って、うああっ!!」
 
「アンタいったい何処から出て来たのよッ」
「えっと、あの…えへへ」
 
 朝日家長女…通称・美香ネエが、般若の如き形相で我らを凝視していたのである。
 
 
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