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志季さんの事情
しおりを挟む演技なのだろうけど、この人なんか極端すぎる。あんなに他人行儀だったのにいきなり背後から抱き締めるとか逆に怪しまれるわッ。…と言いたいのをグッと我慢し、恥じらいながらも頬を染めて俯く。
「俺の彼女になんか用?」
「か、彼女のワケないだろう?!どこから見ても友だち以下の関係だぞッ」
そ、そりゃそうですよねー。2人きりで歩くのもこれが初めて…いや、ボイスレコーダー購入に付き合って貰ったのを加えると2回目だしッ。
って、え?志季さんがいきなり私を抱えたまま、ストーカー君の腕も掴んでツカツカと絵画展を出た。そしてトイレ横の非常階段で立ち止まり、ストーカー君に『見てろ』と宣言したかと思えば、…ん?な、なになになになに?!
私の頬をふにふにと触り出し、それから唐突に顎をクイッと持ち上げて口をガプッとくっつけて来る。キスのつもりなんだろうけど、あまりにも不出来と言おうか、いえ、私だってそんなに上手なワケじゃないけど、でも明らかに志季さんはキスに慣れていない。
唇じゃなくて口がくっついているだけだよコレ。いや、だからっ、無理に舌とか入れてなくてもいいんだってばッ。吸うな、私の舌を!痛いッ。
「おい、見たか?俺と奈月は付き合ってるんだ」
「み、認めない!僕は絶対に認めないからなッ」
「別に認めて貰う必要なんか無いし。奈月、今夜は俺のマンションに泊まっていけよ。コイツに狙われていると思うと心配だからさ」
「うん、そうする~」
イチャイチャと指を絡めると、また志季さんが下手くそなキスをしてくる。
この人絶対に恋愛経験少ないよね?!
『クールな野獣』という感じでモテオーラ全開なのに、なにこのギャップ!
「いつまで見てんだよ、早く消えてくんない?俺らのイチャイチャ、もっと見たいってこと?」
「う、うるさい!望みどおりに消えてやるよッ」
ええっ、階段を使って行くんだ?
だってここ10Fだよ??
ダダダダという激しい足音が響き渡り、それを聞きながら志季さんがボソッと私に謝罪する。
「ごめん、なんかああでもしないと納得しないかと思ってさ」
「いえ、突然キスされて驚きましたけど、それ以上に驚いたのが…その…志季さんってもしかして恋愛経験があまり無い感じですか?」
ゴクリとその喉元が大きく上下した。
「あまりじゃなくて…全然無い」
「えっ?そんなブイブイ言わせてそうな顔して、まさかまさかの恋愛経験ゼロなんですか?!」
恥かしそうにコクンと頷かれ、ボソボソと言い訳される。
「いや、ウチの母親の借金を返すのにバイトで忙しかったし、学校終わったら家事して、夜は年齢を誤魔化してスナックでバーテンとかして、とてもじゃないけど恋愛に時間は割けなかった」
「家事って、お母さんは何をしてたんですか?」
「何も。基本ボーッとしてて、合間に恋愛をしてるって感じかな。でも、騙されまくったワリに最後は堅実な男性と再婚してくれたから、その人が借金を綺麗にしてくれて助かったよ」
「ええっ?助かったって、あの、志季さんがそんなことになってたのに、お父さんは何も言わなかったんですか?」
「父は母を毛嫌いしてたから。俺のことは心配してたけど、母の借金をこれ以上自分のお金で返そうとは思えないって言われた。仕方ないよ」
「し、仕方ない?志季さん、心が広すぎます!」
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