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惚れた
しおりを挟むそう言えば、その昔アッちゃんが話してたな。
『お兄ちゃんは私が大好きだから、敢えて犠牲になってくれたんだと思う。お母さん、最初は私を引き取ろうとしてたもの。それをお兄ちゃんが必死で反対してくれたんじゃないかな』と。
ん?もしかして…。
「志季さんって、アッちゃんを守るためにお母さんと暮らすと言ったんですか?」
「え?…ああ、うん。最初はさ、ウチの家族も結構上手くいってたんだよ。一緒に暮らしてた祖母が家事を全部してくれてて、母の監視役も担ってたから。ところが、その祖母が脳卒中で突然亡くなってからが地獄の始まりだったなあ。
ウチの母、本当にダメダメでさ。お金を湯水のように使い出し、ホストに夢中になっちゃって。それでそのまま家に帰って来なくなったかと思ったら、父名義のカードで借金しまくってた。
でもまあ、金の切れ目が縁の切れ目だったのか、入れ込んでたホストにも逃げられたらしくて、『改心したから再構築させてください』と泣いて謝って来たもんで、仕方なく父も受け入れたんだけどコレが懲りずに再びヤッちゃうんだよ。
次もまた水商売の男で、どっかのバーの雇われマスターだって。『自分の店を出したい』と言うその男のために、子供用の定期預金を崩して貢いじゃったから、父の怒りも倍増って感じで。
正直、離婚してくれて良かったと思ったなあ~。問題は、そんな母を1人にしたら転げ落ちるのは目に見えてるし、最悪、薬物とか犯罪に絡む可能性も有るかなって。いや、大袈裟でも何でも無くて、ウチの母だったら有り得るんだよ。
もしそれで新聞やニュースに名前が出ることになったら…父はそこそこ名士だし、明恵も将来はそれなりの相手との縁談が望めるのに、母のせいで全て台無しにされてしまうかもしれない。
俺は男だからね、自分の人生はどうにでも切り開けるけど、明恵は女だから。母親が犯罪者というだけでその未来が潰されるのは可哀想だろ。だから犠牲とかじゃなくて、監視するつもりで俺は母と一緒に暮らすことを選んだ。…えと、こんな感じで答えになってるかな?」
なに、この人。
こんなに愛情深い人間がこの世に存在するの?だって、それを決心したのって10年前だから、えっと…志季さんまだ12歳だよ?!
私なんてその年にはお姉ちゃんとオヤツを奪い合ってケンカしてたしッ。なのにこの人は妹の幸せのために自分を犠牲にしようと決心してたってワケ??人間デキ過ぎなんですけどッ。
父親の元に残ればきっと、苦労せずに安穏と暮らせたはずなのに。普通の若者として友人たちと笑って過ごせたはずなのに。それを、アッちゃんの将来まで考えて、バイト三昧で家事までこなして…。
「素敵」
「え?」
「志季さんに惚れてしまいそうです」
「う、あ?有難う…」
いや、もう『しまいそう』じゃなくて『惚れた』。よし、私が付き合ってあげます、アナタの最初の女になってあげましょう!と私は思ったのだ。
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