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その22
しおりを挟む母の手術は無事終了したのだが、専門用語で小難しく遠回しに長々と続けられた医師の説明を要約すると、胆石をレーザーで破壊したら胆嚢がボロボロに破れてしまったので後日改めて胆嚢自体を切除してしまうらしい。
これにより入院生活は更に2週間延長するのだと。
ずっと食事が出来ずに点滴だけで生きている母の機嫌は最悪で、私が『病室に行っても何もすることが無いので見舞いの頻度を減らしたい』と希望したところ、烈火の如く叱られた。『こんなに苦労して子供を育てたのに、いま恩返しをしなくていつするのか?』と。
恩返しというのは自分から要求するものでは無いし、親が子供を育てるのは当たり前のことで、母から私に、そして私からその子供へと受け継がれていくのがこの世の摂理なのではありませんか…と冗談交じりに答えてみると、それを聞いた母は怒るどころか悲し気に言うのだ。
『お母さんね、もしかして今度の手術で死ぬかもしれないじゃない。今まで仕事ばかりで余りお前達と一緒に過ごせなかったから、せめて最期の時までは…』
──なんだソレ。
とても現役の看護師の台詞とは思えないんですけど。とは思ったものの、義父との再婚前に過労で倒れて以来、病気らしい病気をしたことが無かったせいか、今回の手術が相当に堪えたのだろう。しかもそれをまたもう1回となると、更に恐怖心が増したのかもしれない。
こんなにも弱気な母の姿を見たのは、初めてで。さすがに放っておけないと思った私は、『見舞うのは子供だったら誰でもいいんだよな』という結論に至り、弟妹に向けて一斉にメール送信する。しかし、案の定、美空や双子達からは『忙しい』という理由で断わられてしまった。
祥に於いては返信すら無い。まあ1回目の手術の立ち会いも急な仕事が入ったからという理由でドタキャンをくらっているから、そもそも期待はしていなかったのだが。
ところがどっこい。
祥はその翌日、何の連絡も無しにフラリとやって来た。その姿を見て、美空との件で祥とは疎遠になっていたはずの母が『祥を許す』と言い始め、異常なまでのテンションではしゃぎ出す。それはまるで、彼氏が見舞いに来てくれたことを喜ぶ、女子高生みたいに。
ああ、そうだった。
母の生活はずっと私達が優先で、自分の恋愛は諦めるしかなかったのだ。あれほど不実な義父とは別れ、新しい恋をするという選択肢も有ったはずなのに。借金返済の責務を果たし、子供達の未来を明るいものにしようと必死に頑張って。
その結果が、コレとは。
なんと報われない人生なのか。
>祥は痩せてしまったみたいね。
>ちゃんと食べなきゃダメよ。
>七海、もっと明るい色の服を着なさい。
>アナタ、顔が地味なんだから。
怒ってばかりだった母の姿が、急に可愛く見えてくる。
その日の帰り道、祥に向かって母について思ったことを全部伝えると彼は静かに微笑み、それから2回目の手術までの2週間、毎日見舞い来るようになった。
私も常にいたので、そのまま一緒に帰宅するようになり、そうなると2人で過ごす時間が増えたことで、自然と会話も弾み。何となく祥との関係が昔に戻れたような気がした私は、ここ暫く上機嫌だったのに。
「私、ミナトの彼女なんだけど。ねえ、アンタ誰?」
「え…っ?…私は…私が彼女だと思ってたんですけど…」
母の胆嚢摘出手術も問題無く終え、いよいよ明日退院という夜のこと。自宅のリビングで祥とのんびりテレビを観ていたら、湊から電話が有って…いや実際には湊の発番だったけど、掛けて来たのは若い女性だったらしく、いきなり戦いを挑まれてしまった次第である。
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