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その30
しおりを挟む3つ年下で今年24歳になる美空は、実父似の美人だ。
奥二重で全体的にノッペリした私とは違い、ハーフかと見紛うほどのハッキリした顔立ちで大抵の人は2人が並んでいても姉妹だとは気付かない。世の中、上手く出来ていると言うか、地味な私は我慢強く育ち、美人な美空は少し我儘に育った。
少し…いや、本当は物凄く我儘なのである。
幼い頃から家事は私と祥に丸投げで、助けるどころかむしろ負担を増やしてくれたほどで。例えば冬なんて洗濯物が乾き難いから、暫く同じセーターを着続けて欲しいと頼んでいるのに、ファッションモデルみたく毎日着替えてそれを私に洗わせたり。動物嫌いなクセに友人宅で産まれた仔猫を気まぐれに貰って来て、『やっぱり世話するのは無理だ』と平然と言い切り、私に貰い手を探させる。双子の弟たちがリビングを散らかせば、家事でヘトヘトになっていた私をわざわざ呼び付けて『落ち着かないから片付けて』と言ったりもした。
これまでの私は、可愛い妹の為だと言い成りになっていたが、今はもう違う。
何故なら私は怒っているのだ。
祥の布団に潜り込み、その関係を母に叱られたあの事件の真相を、自ら私に説明すると言っておいて、実際にはそれを行なわなかったから。
あまりにも無責任ではないか。
なんだかんだで湊と付き合うことになってしまったけれど、私の人生を大きく変えたのは間違いなく美空だ。そう考えると、何もかもが腹立たしく思えてくる。
そう言えばこのコ、私の高校受験の数日前に何故か無断外泊をしたことも有ったよね?当日朝には戻ってくれたから良かったものの、アレで不合格になっていたら一生恨んだかもしれない。それに私と祥が風邪を引いて同時にダウンした時なんて、『伝染されたら嫌だから』と食事の世話をしてくれなかった。自分が風邪を引くと『アレが食べたい、コレも欲しい』と大騒ぎするクセに、逆の立場だと放ったらかしって人としてどうなの?
次々と怒りの燃料が投下されていく中で、松原さん一派との飲み会にムリヤリ参加させられたこの状況も、美空が作ったものだと考えれば更に怒りが増す。
くっそ、何を呑気に笑っているのよッ。
っていうか、いったい何をバラしたの?
薄い笑顔を貼り付けたまま立ち尽くしていると、私以外の全員が着席したので空いている端の席に私も腰を下ろす。美空は一番奥の席だから、長方形のテーブルの端と端で離れられた…と喜んだのも束の間。残念なことに私の正面に座っていたチャラい番場さんが気を利かせ、私の隣席に座っていた竹中さんと美空との座席交代を提案したせいで、姉妹仲良く並んで座ることになってしまう。
「う…わあ、マジで似てない!本当に美空ちゃんと七海さんって血が繋がってんの?」
「やだあ、バンちゃんったら酷い!ちゃんと繋がってますう。ね?お姉ちゃん」
何これ、私を酒の肴に飲んじゃうワケ?
まさかずっとこの調子で美空と比較して弄るつもり?
己の不幸を嘆いていると、乾杯後に話は予想外の方向へと進んでいく。
それを切り出したのは、松原さんだった。
「聞いたよ、九瀬さん…って、ごめん、妹さんもいるから今だけ『七海さん』と呼んでもいいかな?」
「え…、ああ、…はい、どうぞ」
こんな風に確認してくれれば、私も怒らないんだよ、番場さん。
「中学生の頃、多忙な両親に代わって町内会費を集金し、10年間滞納していた独居老人から徴収することに成功したんだって?」
「はあ、まあ…そうですけど」
古い話をどうして今更??
「人が訪問すると、問答無用で杖を振り回して殴って来るメチャクチャな爺さんだったんだろう?そんな相手を懐柔し、いつの間にか縁側で一緒にお茶なんか飲んで、最終的には1年分の町内会費を払わせた。いったい2人の間に何が有ったのか教えてくれないかな?」
「私は…別に…何もしていませんよ。強いて言えば、ひたすら話し相手になってあげただけでしょうか。というのも、当時の私は家事に受験勉強にと忙しかったので、とにかく雑務を短時間で済ませたかったんです。だから同情を誘うため自分の生立ちなんかも話し、お爺ちゃんに向かって涙ながらに『私を助けてください』と訴えたら、気前よく払ってくださいました」
ここで何故か拍手が起きた。
動揺する私に対して、松原さんは更に話し続ける。
「高校時代にも幾つか逸話が有るよね?近所に住んでいた不登校のクラスメイトを普通に登校させたり、2年間も会話していないという友人の親子関係を修復したり。とにかく七海さんはどんな相手であってもその心を解してしまうそうじゃないか。最近では、あの瀧本湊を懐柔しているし。
俺達は営業マンとしてその手管を是非、習得したいと思っているんだ」
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