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その32
しおりを挟む湊からのLINEメッセージに既読をつけてしまったことを悔いながらも、取り敢えずスルーした。どうしてかと言うと、美空オンステージが終了したことにより、隠れた主役であるこの私に注目が移ったからだ。
以前から顔だけは見知っていたが、ガッツリ話すのは初めての人ばかりのこの席で、全てを無視してスマホをポチポチするなんて度胸、私には無かったのである。
しばらく話してみると、男性陣は全員真面目な性格の様に思えた。まあ、リーダーである松原さんからして堅物なので、その部下達も同類なのかもしれない。かと言って真面目一辺倒では営業職は成り立たないだろうし、それぞれが試行錯誤した結果、こんなチャラ風味の仕上りになったのだろう。
などと考えながら、改めて4人の男性を観察してみる。
上品で大人の魅力を振りまく松原さん、
インテリメガネで低体温っぽい甲斐さん、
トミーの愛称ピッタリの愛くるしい富井さん、
そして茶髪でいかにも軽そうな番場さん。
中でも番場さんは、先入観のせいで苦手意識を抱いたまま接してしまったが、話せば話すほど実直な性格が伝わってくる。果たしてこんな人が本当に二股なんてするのだろうか?やはり噂なんてアテにならないぞと実感しながら私は、目の前のその人に質問を投げた。
「あのう、番場さんが二股相手の女性からバケツの水をかけられたという話は本当なのでしょうか?」
「…っふ?ゲホッ、ゴフッ」
唐突過ぎる質問に、激しく咽まくっている。
「ご、ごめんなさい。今までの私は番場さんが遊び人だと決めつけていたんですが、実際にこうして会ってみるとなんだか随分印象が違うな…と。軽いのは口調だけで、周囲の人に気配りが出来るし、優しいし、何と言うか…物凄く繊細な感じがするんですよ。だからこそ、事実が知りたいなと思いまして」
「…あ…はは、そんなことを言われたの、…初めてだよ」
最初は口籠っていた番場さんも、ゆっくりと静かに語り出す。
番場さんには1つ年上の兄がいるのだと。2人きりの兄弟で、見た目はソックリなのに何故か中身は真逆らしく、人付き合いが苦手で不器用な兄と、人懐っこくて世渡り上手な弟は幼い頃からずっと比較されて育ったのだと。
「兄の方が頭もいいし、何をやっても優秀だったんだけど。…でも、母親は放っておいても大丈夫なシッカリ者の長男よりも、危なっかしくて手の掛かる次男の方が気になったみたいで。なんか、俺にばかり世話を焼いてるな~とか思ってたら、中学、高校と進むにつれてそれが顕著になっちゃって」
「顕著に?」
「兄の進路相談の日に俺がたまたま風邪を引いたんだ。熱はそんなに高くなかったし、大丈夫だからと言ったのに、母は兄の将来を決める大切な面談よりも俺の看病の方を選んでしまった。兄が難関校を受験し、合格した時だって『おめでとう』の一言も無くて、反対に俺がその辺の高校に受かった時は大喜びしてテーブル一杯にご馳走を並べたりとか…万事が万事この調子。いつしか兄は俺と母を憎む様になってしまったというワケ」
「あらまあ…」
話だけ聞いていると、番場さんに非は無い様に思えるが、お兄さん側の理屈では『弟さえいなければ自分はこんな目に遭わなかったはず』となるのかもしれない。そして長年培われた恨みはお兄さんが大学に入り、一人暮らしを始めた時に爆発したそうだ。
「兄は母からロクに小遣いが貰えなくて…というか要求自体を諦めていたから凄く質素な生活をしていたんだけど、俺の方はかなり好き放題にさせて貰ってて、茶髪で服装もイマドキだったんだ。で、大学に入った兄が家庭教師のバイトとか始めて、それが結構高給だったみたいで、ある日突然その姿が変わってしまった」
「えっと、それってもしかして」
私の問いに、番場さんは大きく頷く。
「高校までは黒髪で地味な服装だった兄が、大学に入ってから急に派手な格好をし出した。俺達兄弟は顔も体格もソックリだったから、親友でさえ『見間違えた』というほど見た目はまるっきり俺だ。しかも兄は、俺の名前を騙って女遊びや、悪酔いして喧嘩したり誰かを傷つけたり。犯罪ギリギリのレベルで俺の評判を落としているらしい」
「う…わあ…」
何と言っていいのか分からなくなった私は、思わず美空の方を見てしまう。するとここで驚きの言葉を妹は発するのだ。
「バンちゃん、大丈夫だよ!お姉ちゃんが何とかしてくれるから!!」
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