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その33
しおりを挟むぐ…ぬぬ…。
たぶん、というか絶対にこれが目的で私が呼ばれたのではなかろうか。やだよそんな面倒臭いこと。私、周囲が言うほどイイ子じゃないもん。猛獣使いとして挙げられた数々のエピソードは、誰かを助けるというよりも自分に課せられた任務を早く遂行したくて頑張っただけだし。自慢じゃないけど私、そんな世の為ヒトの為に己の身を削る善人じゃないです。
…とは、さすがに言えなかったのでヤンワリ遠回しに断ってみる。
「あのう、力になりたいのは山々なんですが、正直言って自信がありません」
「はあ?!何言ってんのよ、お姉ちゃん」
なんだい、妹よ。
というか、トラブルばかり招いてくれるな妹よ。
「町費未払いのお爺ちゃんも、不登校の同級生も、両親との会話が無かった友人も、なんだかんだ言って構って欲しかったんですよ。根底に有ったのは寂しさだったから、私はそこを満たしただけ。…でも、番場さんのお兄さんに関してはそれとは違うでしょう?根底に有るのは激しい憎悪で、そんなものを消せるほど私は優れた人間ではありません。
憎悪は汚い感情だと思われがちですが、時に生きる糧となったりもするし、ある日突然、憑き物が落ちた様に消え去る可能性も拭えない。怖いのは、いきなりそれを奪うとその人がどうなってしまうのか予想出来ないことです。でも、これだけは言えます。人間はなんだかんだ言って幸せになろうとする生き物だから、憎悪なんて感情をそんなに長くは育てられないと。汚い物を浄化する機能がね、人間には備わっているんです。だから、番場さんのお兄さんもいつか弟にした数々の行為が虚しいと、そう思える日が来ると期待しましょうよ」
一気にそう言い終えると、なぜかシーンとしてしまった。
えっと、何か反応しておくれよ皆の者。
まるで村の長になった気分で全員を一瞥すると、松原さんがゆっくり口を開く。
「さすが…噂に違わないその説得力。ああ、そうか、声のトーンかな?実に聴き取り易くて心に染み入る。そう、まるで女性版・田口トモロヲだ!七海さん、キミは田口トモロヲがその昔、成人漫画家だったのを知っているかい?今では映画監督をしたり、俳優をしたりと多彩な才能を…」
「こらこら、本題から逸れたよ」
幼馴染の中島さんから窘められ、照れ笑いしながら松原さんは軌道修正する。
「う~ん。七海さんの言うことはもっともなんだが、そう悠長にも構えていられなくなってね。…実は番場くんのお兄さんに弄ばれた相手が、取引先の女性社員だったことがあって。それもその取引先に番場くんが通い詰め、担当者から信頼を得て漸く契約更新…という段階で番場くんの悪評が担当者の耳に入り、頓挫寸前になったんだ」
「えっ、それは…大変でしたね」
「そう、大変だったな。でも、ここにいる甲斐くんがその話を別の女性社員経由で訊き出し、どうにか誤解を解いたんだが、次もまた同じ様なことがあれば無事に解決出来るとは限らない。それで俺が直接、番場くんのお兄さんに苦情を言ったんだけど、知らぬ存ぜぬで通されて、逆に『名誉棄損で訴えます』と脅されてしまった。まあ、確かに証拠は無いからこちらも苦しい立場なんだよ」
「……」
なんだこの雰囲気は。
皆んなで寄ってたかって期待に満ちた目で見ないで欲しい。
更に美空が追い討ちをかける。
「いいじゃないの、会うだけ会ってみれば?それで説得出来なければ皆さんも諦めるわよ」
「ふあっ」
奇声が出たのは仕方ない、妹が余りにも無責任なことをホザいたからだ。
「ねえ、お姉ちゃん。来週のいつなら空いてる?どうせヒマなんでしょう?」
「残念ながらヒマじゃない」
「またまたあ~」
「本当だってば。来週土曜に引っ越すから、その準備とかで忙しいのッ」
そう、とうとう祥との同居を解消し、念願の一人暮らしを始めるのである。ドヤ顔の姉に向かって美空は何故か激しく動揺している。
「な、ど、どうしてっ?!お兄ちゃんと上手くいってないの??」
「いやあ…、そういうんじゃなくて」
「だって、あのマンションなら家賃はタダだし、わざわざ出て行く必要なんて無いじゃない」
「あのさ、元々あの同居自体がおかしかったんだよ。ほら、祥とは血が繋がってないし、それを知った彼氏がね、やっぱりイヤだって言うんだ」
「彼氏?!そんな嘘、吐かないでッ!!」
「嘘って…」
妹よ、姉を妄想好きのイタイ女扱いするのは止めてくれ。
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