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その34
しおりを挟むどこからともなく『はァ』とか『ふゥ』などの溜め息が聞こえてくる。おいこら、そんなワザとらしい落胆アピールは止しなさい。先程まで俯いていた番場さんがグイッと顎を上げながら私に問う。
「…もしかして彼氏って、瀧本湊…じゃないよね?」
「もしかしなくても、そうですけど」
「そっか、単に仲がいいだけかと思ってたけど噂は本当だったんだ…。あのさ、言っておくけどあの人は誰とも続かないよ」
「でも、彼曰く私は他の女性達と違うそうなので」
って言うか、その忠告は聞き飽きてるっつうの。
「だいたいがあんな見た目だし、女には不自由していないんだよ。だから別れる時は後腐れない様にと残酷なほどバッサリ切る。『私だけは違う』と思いたいのは分かるけど、残念ながら違わない。俺、結構遊ぶエリアが被ってたから、どんな風に女を捨てるかよく知ってるんだ」
「はあ、そうですか」
「そりゃもう甘い言葉で有頂天にさせておいて、それがある日突然、汚物でも見るかの様に冷たくなるんだぞ。そしてそのスイッチは誰にも分からない。いつでも主導権はあの人の方に有るし、付き合う相手は全てを弁えている従順な女ばかりだからさ。ほんと悪いことは言わないから、痛手を負う前に早く離れた方がいい」
「そんなのイヤですよ」
だって私には自信が有るのだ。
>七海に抱き締められているだけで、
>メチャクチャ愛されてる気がする。
>苦しい、怖い、これを失いたくない。
>七海…、なあ、七海…
>そっか、そうなんだ…
>大事だから、怖いんだな
>ああ、幸せだ
湊の口から零れ出た、宝物の様な言葉達。あの言葉は私にだけ向けられた言葉だ。だから大丈夫、私は信じるべき相手を間違えたりしない。
ギンッと番場さんを睨んで私は反論する。
「あの人、鼻水を垂らして泣きながら私を失いたくないと言ったんですよ。あんなみっともない姿を見せられたら、可哀想で放っておけません。それになんだか誤解されているみたいですけど、私の方からお願いして付き合って貰っているんじゃなくて、お互いがお互いを必要とし合っているんです。今のところ順調に愛を育んでいますので、どうぞご心配なさらずに」
「…ああ、そっか、もう重症なんだな」
重症って何?
私、病気だったの??
鼻の下を凹ませながら私は反論することを諦めた。どうせ何を言っても否定されてしまうのだし、こんなやり取りは時間の無駄だ。当人同士が分かっていれば良いのだからここはグッと我慢しよう。
プルルル…。
このタイミングで番場さんのスマホから着信音が鳴り響く。
「もしかして瀧本さんだったりして」
「あはは、まさか」
富井さんからの突っ込みに笑いながら画面を確認した番場さんは、退室しながら電話に応答し、その数分後には戻って来た。
「やっぱり瀧本さん?」
「違いますよ、テルって遊び仲間っす。だいたい瀧本さんは俺の電話番号なんか知らないですし」
着席して早々レモンサワーを飲み干した番場さんは、全員に追加注文が無いか訊き始めた。本当にマメな人だな…と思っていると今まで大人しかった美空が私の二の腕を掴んでくる。
「お姉ちゃん、正気に戻ってよ」
「は?」
「そんな女の敵みたいな男にどうして引っ掛かったりするの?!」
「私、バリバリ正気だけど」
妹よ、今度はお前なのかい。
「どうせちょっと顔が良かったとかでしょ?お姉ちゃんは世間知らず過ぎるのよ!世の中にはね、ちょっと顔がいい男なんてイ~ッパイいるの!きっとよく見れば不細工な雰囲気イケメンなんだろうけど、そんな男、とっとと別れなさいよ!」
「はああ?!湊はね、中身も外見も美しいんだから!そこに佇んでいるだけで空気が澄んでいく、清浄機みたいな人なの!女の敵とか言いますけどね、常に女から言い寄られて、それも尋常じゃない数だったから、適当に相手しなければ逆に湊の方が潰されちゃってたわよ!もうこれ以上、私の好きな人のことを悪く言わないで!お姉ちゃん、本気で怒るよッ」
ぐぇ。
背後から誰かに抱き締められた気がしたので、恐る恐る振り返ると
「ううっ。七海、マジ天使…」
何故か湊がそこに、いた。
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