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その35
しおりを挟むいやあ、人間の体ってほんと便利に出来てるよね?
だって、自分で自分が見えないんだよ?
それが当たり前だと思って生きてきたけど、
よくよく考えたらおかしな話じゃない?
でももし自分で自分が見えたとすれば、皆んな自分の姿ばかり目で追ってしまうだろうし、そうなると他者を見る余裕なんて無くなるかもしれない。あるいは常に他者と自分の容姿とを比較し、自己嫌悪に陥ってしまう可能性も大きいだろう。
そうなると、自分で自分が見えないのは
ある意味、神様の優しさだよね!
…なんてことを思いながら、私は薄笑いを浮かべていた。
「み、湊、本当に痛くないの?私のせいで血流が止まって壊死した挙句に両脚切断とかになったらゴメン」
「あはは、バッカだなあ。七海は羽根のように軽いよ、チュ」
もしや頭頂部にキスを…された…のか…?
誰か、今すぐ私を殺してッ。
もしくは腹話術の人形に変身できる呪文があったら教えてッ。
──颯爽と登場した湊は、いきなり私を立たせたかと思うと当たり前の様に私が座っていた椅子へと腰を下ろし。そして膝の上に私を乗せ、背後からフワリと抱き締めた。いやあ、たまに街とか駅のベンチなんかでそういうことをしているリア充カップルがいますけどね。大抵が『あらあら、勘違いしちゃダメですよ』と諭したくなるほどの低レベルな容姿の方々が多く、これまでの私はその姿を見て苦笑していた側の人間だったんですよ。
なのに今まさにソレをさせられておりまして。
いったいコレ、何の罰ゲーム?
唯一の救いは、自分で自分の姿が見えないことですかねえ。んで、たまに私の目を覗き込んでくる湊の顔がメチャクチャ男前なので、どうにか正気を保っていられる次第でして。人前でこんなことをしてもサマになる湊って怖すぎ。それから松原さん一派の方々、我らを凝視しすぎ。見世物じゃありませんからね!…と思いつつも混乱していた私は、真っ先に疑問を口にした。
「えと、湊」
「ん~、何?」
「どうしてここにいることが分かったの?」
「番場がいることが判明してたから、番場の遊び仲間に探りの電話を掛けさせた」
その言葉に番場さんが顔を顰めながら『もしかしてテル?!』と呟くと、湊は番場さんに直接ではなく、私に話し掛けるテイでそれに答える。
「テルは何か知らんが俺に懐いてて、どんな頼み事でも聞いてくれちゃうんだな」
「へえ、あ…えっと、湊、改めて伝えておくけど、これは出会いを求める飲み会じゃないから。私、湊一筋だよ」
「うん、俺は七海を信じてる。…けど」
「け、けど?」
世界中の女性をトリコにしてしまいそうなほど、切なげな表情を浮かべながら湊は続けた。
「プライベートで、俺以外の男と一緒にいて欲しくない。…ごめん、ヤキモチ」
「トゥンク」
「『トゥンク』って、ああ、ときめきの擬音だっけか?」
「うう…、湊、もしかして私を殺そうとしてるの?こんな大勢の人がいる前で、そんな愛くるしいセリフを吐かれたら理性がぶっ壊れそうなんですけどッ」
ここで湊は思い出したかの様に松原さん一派に挨拶をし、続けて女性陣…中島さんと竹中さんにも非礼を詫びた。
「いきなり乱入して申し訳ない。営業部の中でも人気の男性社員達と一緒に飲むと聞いたら、居ても立っても居られなくなってしまってね。恥ずかしいけど俺、七海が好き過ぎて、何かもう色々と止まらなくなっているみたいだ。でも、これはどうしようも無いんだよ」
『ふう』と溜息を吐く湊の色香に引き込まれそうになった中島さんと竹中さんは、軽く頭を左右に揺らして正気に戻ろうとしている。ふと、ここで何か忘れていた気がした私は、漸くその『何か』を思い出す。
あ、肝心の人を忘れてた…。
「湊。紹介するのが遅れたけど、隣に座っているのが妹の美空だよ」
「七海の…妹?」
というワケで、美空と湊のバトルが始まるのである。
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