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その41
しおりを挟むとまあ、ミチルちゃんの話は置いておいて。とにかく本題に入ろうとしたところで番場兄が心情を吐露し始めた。
ふむふむ、どうやら意外と展開が早そうだ。いや、むしろその方が有り難いんですけどね。だって私は明朝9時に引っ越し業者さんが来る予定なので、正直に言うとこんなことをしている場合では無いのですよ。
よ~し、この調子で巻いてこ!
「…あんた達には分からないんだよ、どんなに頑張っても認めて貰えない俺のことなんて。物心ついた時からずっとだぞ?無償の愛をくれるはずの母親がそれを与える相手は弟限定で、俺には塵ほども与えたくなんだとさ。弟もそれを知っているくせに、母親に対して何も言わない。なあ、そんなのおかしいと思わないか?」
どうやら番場兄は世界で一番自分が不幸だと思っているらしい。
ここで湊がごく軽い口調で返事した。
「別におかしくない、よく有る話だよ」
「は?!あんた本気で言ってるのか?!」
「だって、ウチもそうなんだけど」
「ってことは、あんたにも兄弟がいて、母親から差別されて育ったと?」
「ああ、残念ながらな」
「…へえ」
淡々と話は続けられた。
大手企業の社長の息子として生まれた湊は、後継者である兄のサポート役になりたいと幼い頃から全てに於いて頑張っていたそうだ。兄・衛さんは、幼少時から神童と呼ばれていたほど優秀な人で、周囲の期待も大きく膨らんだらしい。
しかし、彼の父親の取り巻き連中はそれ以上に優秀で、次期社長の育成の為にとその指導は容赦無く。事ある毎にプレッシャーを与え続け、決断を迫り、そして幾度も衛さんの能力を否定した。
生まれてから一度も挫折を味わったことの無い男が、成人後にいきなり叩かれるとどうなるのか?
「…兄貴は呆気なく精神を病み、そのままドロップアウトしたんだ。そして当時入社2年目の俺にお鉢が回ってくるワケ。まあ兄弟は2人だけだし、それが順当だよな?ところがここで母親が猛反対するんだ」
「それは…何故?」
「自分の息子をこれ以上犠牲にしたくないと。『衛を壊しておいて、次は湊まで犠牲にする気か?』とヒステリックに泣き叫び、連日、会社に来て騒ぎまくったせいで、俺が跡継ぎになる話は消滅した。だが話はここで終わらない」
「えっ?まだ続きが有るのか」
「暫くして、母の真意を知ってしまうんだ。母は隠そうとしたんだろうけど、まだ精神的に不安定だった兄貴が直接こっちにバラしてくれてね。『俺が出来なかったことを、湊なんかに成し遂げられては困る。だって、まるで俺がお前に劣ってるみたいに思われてしまうだろう?だから母さんに頼んで、湊が後継者にならないようにして貰ったんだよ』と」
「はは…、なんだそれ…」
湊は、真っ直ぐに番場兄を見詰めている。
「母に褒めて貰おうと勉強もスポーツも必死で頑張ったのに、結局何をやっても無駄だったということだ。母の優先順位は何が有ろうと兄貴が一番で、俺は二番ですら無い。むしろ邪魔な存在だと分かったら、何もかもバカバカしく思えてしまってな。こんな俺でも最初はさ、『少しでも兄貴の力になれたら』なんて殊勝な考えで入社したんだぞ?でも、あいつらの本性を知ったせいで、そんな自分が哀れになったと言うか。そのまますぐに辞表を提出し、ヤケクソで遊びまくったというワケ」
「そうか…そうだったのか…」
「生前贈与のお陰で働かなくても食っていけるし、好き放題にやってやったんだよ…当てつけにな」
「その気持ち、凄くよく分かるよ」
「だけど、何をしても虚しくてさ。で、ある日突然気付くんだ。なんで俺、自分の人生を浪費してるんだろうって。今の自分は、むしろあいつらを喜ばせているんじゃないかって。そして、運命の出会いを迎えちゃうんだなあ」
「……」
そう言いながら、湊は私の肩を抱き寄せた。
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