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その43
しおりを挟む美空がおずおずと私の顔色を窺っていたが、どうにもピッタリの言葉が見つからない。焦って湊の方を向くと、彼は静かに口を開いた。
「もう分かっただろ?世の中には不幸が溢れているんだよ」
基本ポジティブな考え方をするこの人にしては、暗いトーンだな…と思いつつもその後に続く言葉に耳を傾ける。
「自分以外の人間が皆んな幸せそうに見えるかもしれないが、所詮それはマヤカシだ。だから安心しろ、生きとし生けるもの全てが満遍なく不幸だから!だけどな、誰もがそのことを必死に隠しているんだ…それが何故か分かるか?」
番場兄は少し困った顔をしながら『さあ』とだけ答えた。
「カッコ悪いからだよ。皆んな、それぞれに配分された不幸を受け止め、その不幸を消化していく。それは決して特別なことじゃないし、ごくごく普通のことなんだ。だから進んでその不幸話を口には出さないし、自分の胸の内だけに仕舞っておくことで、世の中は上手く廻っている。だけどアンタはそれに気付かず、世界で一番自分が不幸だと思い込んでしまった。あのさ、もう一度言うぞ?
この世の中は不幸で溢れているし、アンタが母親にされたこともよくある話なんだよ」
…何故だろう。
どうしてか無性に泣きたくなった。
そうか、皆んな頑張ってるんだな…って。
言われてみれば私も自分だけが苦労したみたいに思っていたけど、美空には美空の苦労が有ったし、湊や中島さんだって苦労を耐えてきたのだ。それなのに、そんなことを感じさせないキラキラした笑顔で生きている。そりゃあ、たまには愚痴も言ったりするけれど、それでも毎日楽しそうに暮らしている。もしかして本心から楽しんでいないのかもしれないが、周囲の人々に気を遣わせない程度には明るく元気に振る舞ってくれているのだ。
ああ、スゴイなあ。
人間って、こんなにも強くて逞しい生き物だったんだ。
「えっ?!どうした七海、そんな号泣してッ」
「みっ、湊~」
感じたことを正直に話すと、拍子抜けした感じで湊は私の頭を撫でた。
「お前は本当に素直だなあ。なんか一緒にいると毒素が抜けてく気がする」
「ううっ、ごめん、なんか場を盛り下げちゃったよね」
ここで美空が私にポケットティッシュを渡してくれる。
「ほら、お姉ちゃん。これで涙を拭きなよ」
「ううっ、ありがとう」
ガタン
勢いよく番場兄が立ち上がったせいで、パイプ椅子が後方に倒れ、その音に皆んながビクッと肩を震わせた。
「はあっ?!コレとコレが姉妹なのか?!って、全然似てねえしッ。え、待て、じゃあ相思相愛だった長男長女の片割れってコイツか?!」
その問いには美空が不貞腐れながら答える。
「失礼ね!私達は正真正銘、血の繋がった姉妹よ。私が父親似でお姉ちゃんが母親似なのっ」
「いやあ、どう見ても妹の方が美人だろ」
事実なんだけど、この場でソレを言わなくても。この男、思ったことをそのまま口に出し過ぎだよね?単に嘘が吐けないのか、それともバカなのか。
「はあ?私のお姉ちゃんを舐めないで!明らかに私の方が美人だけど、姉妹両方を知る男性はその殆どがお姉ちゃんの方を気に入るからね!祥ちゃんも、祥ちゃんの友達も、とにかく皆んな容姿じゃなくてお姉ちゃんの中身を大好きになっちゃうの!わっ、私なんか誰からも愛されないミソッカスなのよおおおッ」
「あはは、お前、よっぽど性格悪いんだな」
決定…この男、バカです。
こう見えて美空はガラスのハートを持つ女だからねッ。もっとオブラートに包んでよ!引き攣り笑顔を浮かべる私に止めを刺すかの如く、番場兄は美空に向かってこう言った。
「お前、俺と付き合え」
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