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その44
しおりを挟む照明が未だに蛍光灯だからか、それとも単なる耳鳴りなのか、静かな室内にジーッという音だけが響いている。
「遠慮しておきます」
「えっ、なんで?!どうせ彼氏とかいないんだろ」
瞬きを二度繰り返した美空は、ガラスのハートを持つクセに表面上は強気な感じで答えた。
「だってどう考えても地雷案件でしょう?万が一、私の脳みそがバグを起こしてアナタと付き合ったとしますよ。それで、もし別れた場合は絶対ネチネチと復讐してきますよね?リベンジポルノとかストーカーとか最近よく騒がれてますもん。…私、そういうリスクはなるべく避けたいので」
「酷いなあ、人のことをまるで犯罪者予備群みたいに言って」
「いやいや、弟さんから聞いた話だと、それに近いことを今までしていらっしゃる様ですし」
「もうしない、反省したから大丈夫」
「ほら~、なんか軽いんですってば!全然反省している様には見えません!」
「本当に反省してるんだ。俺が傷付けた人達ひとりひとりに謝って回りたいけど、きっと向こうは俺のことなんて早く忘れたいだろうから止めておく。って、いや、でも犯罪?あのさあ、俺が捨てた女が逆恨みして有ること無いこと言い触らしてるらしいんだけど、きっとそれじゃないかな?イチイチ訂正しなかったし、する機会も無かった…というか、弟の悪評に繋がると思ってワザと放っておいたってのが本音だがな。自慢じゃないけど俺は常識人だから、犯罪に手を染めたりはしないぞ」
「とにかく、弟に罪を擦ろうとしたってところが怖いんですよ。本気で怒らせると何をするか分からないってことでしょう?」
「あはは、心配性だなあ。俺、こう見えて案外カラッとした性格だから」
「カラッと?ど、どの口が言いますかッ」
「え~、この口だけど」
…なんだろう。
この会話、キリが無い。
困っている妹を助けるべきなのか、それとも静観すべきなのか。判断に迷って湊の方を見ると、彼は清々しいほどの笑顔でこう言った。
「でもまあ、番場・弟の方にはもう被害が及ばないみたいだし、ある意味これでミッション達成だな!」
「ええっ?!」
戸惑う私に向かって美空がヒラヒラと右手を振り始める。
「お姉ちゃんは引っ越し準備が有るんでしょ?もう帰っていいわよ、あ、瀧本さんも一緒にどうぞ。私、日頃から変な男に絡まれることが多いから、こういうのは結構慣れっこなのよね」
「でも、あの、美空…」
ここで中島さんと竹中さんが『私達も付いているので大丈夫ですよ』と言ってくれたので、湊がこの部屋の鍵の返却方法やなんかを美空に説明し、2人だけ先に帰ることにした。
…………
「ただいま~」
「って、誰もいないみたいだぞ」
湊と一緒に帰ることを伝えてあったせいか、祥は早々に自室へと籠ってしまったらしい。時刻は既に夜10時。荷物は殆どダンボールに詰めて有るし、あまり作業することは無いと思っていたのだが、押し入れの奥から存在を忘れていた物が大量に出てきて、その処分に頭を悩ませることに。
気付けば3時間が経過していた。
「こんな紫色の毛糸、いったい何を編むつもりだったんだろうか、私…」
「そう思うんなら捨てろよ」
「やだよ、もしかして何かに使えるかもしれないでしょ」
「ったく貧乏性なんだから。じゃあ、コレは?大量のハギレ」
「な、懐かしい!これね、すっごい昔にパッチワークでベッドカバーを作ろうとして、4枚縫い合わせたところで挫折したんだ。あはっ」
「『あはっ』じゃねえよ、捨てろよ!」
「でも、もしかしてまた作り始めるかもしれないし」
「俺が保証する、七海は絶対に作らない!もし作ったとしてもまた4枚だ!」
「そんなこと無いよ、10枚くらいは頑張ると思うな」
「そ、そこかよッ。ていうか10枚増えてもベッドカバーにならねえしな!」
「なんか湊、テンション高い。もしかしてもう眠い?」
「ん~、そうかも」
「まあ、この辺はコッソリ放置しておけば祥が捨てておいてくれるだろうし…もう寝よっか」
「いいよ、最後まで付き合う。眠いけどこういうの楽しいから」
気を遣ってそう言ってくれているのかとも思ったが、こんな機会は滅多に無いし、何だか勿体ない気がしてこのまま続行することにした。
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