マミさんは、ときめきたい。

ももくり

文字の大きさ
1 / 29

1.マミは愚痴る

しおりを挟む



 誰だって、面白おかしく生きていたい。

 先の分からない人生だからこそ
 いま、この瞬間を笑っていたいのだ。

 美味しいものを食べ、
 綺麗なモノを見て、
 耳障りの良い言葉だけを信じる。
 
 MVみたいなキラキラした世界を
 現実だと思い込むのはとても簡単で、
 だからこそ、気付かないフリを続けるのだろう。

 
  …私達の生きるこの世界が、
  如何に醜く汚いものであるかを。
 





「そっか。──なんか、マミちゃんってイメージと全然違うんだね」

 目の前にいるその人は、そう言いながらも笑っている。どちらかと言えば中性的なイメージだったが、こうして目の前で観察してみると意外に男っぽい造形だ。伏せた睫毛、スッキリと通った鼻筋、そして顎までのラインが恐ろしいほど絵になるのは、さすが天下の松原壮亮ソウスケといったところだろうか。

 我が社でこの人を知らない者はいない。

『営業部の貴公子』と呼ばれる見た目の秀逸さもさることながら、27歳で課長補佐へと昇進し、『まだ若すぎるだろう』という周囲の心配の声を払拭するかの如く、この一年は数々の輝かしい功績を上げているのだから。

 そんな御方と二人きりで食事しているのは、私こと竹中マミ・24歳だ。残念ながら来月で25歳になる予定だが、その差は大きいので特に強調しておきたい。さて、それではこの状況へと陥った経緯を説明しよう。

 ──仕事帰りに私は、同僚の華ちゃんこと中島華と最近開店したばかりの割烹居酒屋で食事をしていた。…いや、食事するはずだった。取り敢えずのビールが目の前に置かれ、大量の料理を注文した時点で有り得ないことに華ちゃんが仕事で呼び出されてしまったのである。

 我が社は所謂IT企業で、その中でも私と華ちゃんはデジタルコンテンツ部なんぞという、技術のみではなくデザインセンスなんかも求められる部署に籍を置いている。これの何が面倒かと言うと、デザインというものは個人の主観に寄ってその是非が分かれてしまうところではなかろうか。

 つまり、クライアント側の担当者が病欠したりすると、その上司が出張デバってきて『あーでもない』『こーでもない』と言い出すのだ。それも、その多くが本当に修正が必要なのでは無く、『俺はきちんとチェックしてるんだぞ!』という、仕事してますアピールだったりするから疎ましい。

 もしくは、華ちゃんはとっても魅力的な女性なので、顔を見たくて呼んでみただけなのかもしれない。しかしながら我が社の方針では、技術畑の人間は必ず営業の人間を伴って客先を訪問することになっており、どんなにエロ狸が邪な思いを抱こうとも、目的を果たせる可能性は限りなくゼロに近い。それどころか営業の口車に乗せられ、仕事を追加発注させられるハメになってしまうのだ。

 本題から逸れてしまったが、とにかく大量に注文した料理を今更キャンセルすることも出来ず。責任を感じた華ちゃんが同行してくれる営業社員に事情を説明したところ、たまたまオフィスに残っていたのがその班の責任者でもある松原さんだったそうで。彼だったら一対一では無いにせよ、大勢で何度か食事もしたことが有るし、たぶん大丈夫だよね…と代役を務めてくださることと相成った。
 
 だが。

 ただ黙々と食べてもいられず、態々ご足労いただいたのだから楽しい時間を提供しなければと焦った結果、少々飲み過ぎてしまったらしく。普段の私は、軽くてフワフワとした『適度におバカで簡単に手に入る女』としての地位を確立していたのだが、悲しいかな、そんなものは何処か遠くに消え去ってしまったのである。

「あのねえ、どんなに綺麗ごとをホザいても、やっぱり世の中は汚いんですよ。それを忘れちゃあイケません!愛情を注いでもそれが返ってこないことも有るし、絶対に分かり合えない人だって確実に存在する。性善説なんかを鵜呑みにして、家も財産も根こそぎ奪われない為に…強く賢くないと生きてはいけないのですっ」

 隠していたはずのブラック・マミが剥き出しになってしまったのは、多分、アルコールの過剰摂取とイケメン過ぎる松原さんのせいだ。何と表現すれば良いのか分からないが、その佇まいを眺めていると何もかもを曝け出してしまいそうになる。

 全てを容認してくれそうな慈悲深い笑顔を浮かべ、松原さんは低く静かに言い捨てた。

「あー、もう、いい加減黙れよ、お前」と。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です

くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」 身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。 期間は卒業まで。 彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、 結婚初日から気づいていた。 夫は優しい。 礼儀正しく、決して冷たくはない。 けれど──どこか遠い。 夜会で向けられる微笑みの奥には、 亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。 社交界は囁く。 「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」 「後妻は所詮、影の夫人よ」 その言葉に胸が痛む。 けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。 ──これは政略婚。 愛を求めてはいけない、と。 そんなある日、彼女はカルロスの書斎で “あり得ない手紙”を見つけてしまう。 『愛しいカルロスへ。  私は必ずあなたのもとへ戻るわ。          エリザベラ』 ……前妻は、本当に死んだのだろうか? 噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。 揺れ動く心のまま、シャルロットは “ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。 しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、 カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。 「影なんて、最初からいない。  見ていたのは……ずっと君だけだった」 消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫── すべての謎が解けたとき、 影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。 切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。 愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...