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1.マミは愚痴る
しおりを挟む誰だって、面白おかしく生きていたい。
先の分からない人生だからこそ
いま、この瞬間を笑っていたいのだ。
美味しいものを食べ、
綺麗なモノを見て、
耳障りの良い言葉だけを信じる。
MVみたいなキラキラした世界を
現実だと思い込むのはとても簡単で、
だからこそ、気付かないフリを続けるのだろう。
…私達の生きるこの世界が、
如何に醜く汚いものであるかを。
「そっか。──なんか、マミちゃんってイメージと全然違うんだね」
目の前にいるその人は、そう言いながらも笑っている。どちらかと言えば中性的なイメージだったが、こうして目の前で観察してみると意外に男っぽい造形だ。伏せた睫毛、スッキリと通った鼻筋、そして顎までのラインが恐ろしいほど絵になるのは、さすが天下の松原壮亮といったところだろうか。
我が社でこの人を知らない者はいない。
『営業部の貴公子』と呼ばれる見た目の秀逸さもさることながら、27歳で課長補佐へと昇進し、『まだ若すぎるだろう』という周囲の心配の声を払拭するかの如く、この一年は数々の輝かしい功績を上げているのだから。
そんな御方と二人きりで食事しているのは、私こと竹中マミ・24歳だ。残念ながら来月で25歳になる予定だが、その差は大きいので特に強調しておきたい。さて、それではこの状況へと陥った経緯を説明しよう。
──仕事帰りに私は、同僚の華ちゃんこと中島華と最近開店したばかりの割烹居酒屋で食事をしていた。…いや、食事するはずだった。取り敢えずのビールが目の前に置かれ、大量の料理を注文した時点で有り得ないことに華ちゃんが仕事で呼び出されてしまったのである。
我が社は所謂IT企業で、その中でも私と華ちゃんはデジタルコンテンツ部なんぞという、技術のみではなくデザインセンスなんかも求められる部署に籍を置いている。これの何が面倒かと言うと、デザインというものは個人の主観に寄ってその是非が分かれてしまうところではなかろうか。
つまり、クライアント側の担当者が病欠したりすると、その上司が出張ってきて『あーでもない』『こーでもない』と言い出すのだ。それも、その多くが本当に修正が必要なのでは無く、『俺はきちんとチェックしてるんだぞ!』という、仕事してますアピールだったりするから疎ましい。
もしくは、華ちゃんはとっても魅力的な女性なので、顔を見たくて呼んでみただけなのかもしれない。しかしながら我が社の方針では、技術畑の人間は必ず営業の人間を伴って客先を訪問することになっており、どんなにエロ狸が邪な思いを抱こうとも、目的を果たせる可能性は限りなくゼロに近い。それどころか営業の口車に乗せられ、仕事を追加発注させられるハメになってしまうのだ。
本題から逸れてしまったが、とにかく大量に注文した料理を今更キャンセルすることも出来ず。責任を感じた華ちゃんが同行してくれる営業社員に事情を説明したところ、たまたまオフィスに残っていたのがその班の責任者でもある松原さんだったそうで。彼だったら一対一では無いにせよ、大勢で何度か食事もしたことが有るし、たぶん大丈夫だよね…と代役を務めてくださることと相成った。
だが。
ただ黙々と食べてもいられず、態々ご足労いただいたのだから楽しい時間を提供しなければと焦った結果、少々飲み過ぎてしまったらしく。普段の私は、軽くてフワフワとした『適度におバカで簡単に手に入る女』としての地位を確立していたのだが、悲しいかな、そんなものは何処か遠くに消え去ってしまったのである。
「あのねえ、どんなに綺麗ごとをホザいても、やっぱり世の中は汚いんですよ。それを忘れちゃあイケません!愛情を注いでもそれが返ってこないことも有るし、絶対に分かり合えない人だって確実に存在する。性善説なんかを鵜呑みにして、家も財産も根こそぎ奪われない為に…強く賢くないと生きてはいけないのですっ」
隠していたはずのブラック・マミが剥き出しになってしまったのは、多分、アルコールの過剰摂取とイケメン過ぎる松原さんのせいだ。何と表現すれば良いのか分からないが、その佇まいを眺めていると何もかもを曝け出してしまいそうになる。
全てを容認してくれそうな慈悲深い笑顔を浮かべ、松原さんは低く静かに言い捨てた。
「あー、もう、いい加減黙れよ、お前」と。
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