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22.マミは居候になりたい

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 なぜ同居を?
 
 そんな疑問にお答えしよう。それは、どう考えても拒否られると思ったからである。だってあの松原さんだよ?絶対に子供なんて要らないと言うに決まっているし、そんなことを聞かされたら、さすがの私でも心が折れるっつうの。
 
 そんで、あの人にそんなこと言わせたくないし。
 
 バカだなー、私。まだ信じてるんだ。松原壮亮の正体は優しくて愛情に溢れている素敵な人なんだって。それが、母親の愚行によって捻じ曲げられてしまっただけで、あともう少しで本当の姿に戻るに違いないと。だから、バレないようにコッソリ産んでしまうという決心をしたワケで。もちろん無茶苦茶なことをしている自覚は有るけれど、最初は呆れていた咲さんも最終的には私の熱意に押し倒されてくれた。
 
 これからあと7カ月を死ぬ気で戦うぞ。
 
 夜の誘いを上手く躱しまくり、膨らむお腹に気付かれないよう接触を避け続け。けれど交流は途切れないようにしなければならないという、高難度のミッションに挑むのだ。うう、大丈夫かなあ、なんか、色々と不安だなあ。
 
「無理じゃない?だって同じ会社にいるんだから、普通は気付くって。ていうか、本人が気付かなくても周囲が気付いて噂になるよ。逆にどうして大丈夫だって思えるのか、ほんと不思議だわ」
 
「そ、そこんとこはぬかりないよっ。このご時世だから、ウチの会社もリモートワークを推奨し始めてね。ベテランとか中堅どころは営業が客先に同行を求めることが多い…というか、そもそもデジタルコンテンツ部で実力のある方々には、ヒヨッコの営業を育てるという任務が課せられているから、出社は必須らしいの。でも、私みたいな入社2年のペーペーは、それとは逆で敏腕営業マンと組まされるから、同行を求められることは少ない。つまり、出社しなくても影響は無いんだなあ」
 
 ここでネックとなるのは、職場で会わなくても自宅近辺で鉢合わせしてしまうんじゃないかということで。ほら、松原さんと私って同じ生活圏内でしょ?だったら暫くのあいだ居住地を変えてしまおうと思い、真っ先に浮かんだのが咲さんの家なのだ。その昔、一度だけ遊びに行ったことがあるけど、大きな一軒家に優しそうな両親と、ほのぼのキャラのお兄さん、それに咲さんとその娘が暮らしていて。その姿を見て、なんだか泣きそうになってしまった。
 
 だって、あまりにも幸せそうだったから。
 
 状況から考えると暗い家庭なんだろうな…と勝手に決めつけていたら、実際の山口家は驚くほど明るくて。そっか、穿った見方をして申し訳なかったと、詫びてしまいそうになるほどの和気藹々っぷりだった。というか、むしろ私の実家の方が殺伐としていたんじゃないかな。うん、そうだ、お祖母ちゃんの件を抜きにしても、ウチの家族はたぶん歪んでいたのだろう。母は子供に対する興味が薄く、父はそもそも家にいない。たまに家族揃って食卓を囲んだりすると、ひたすら沈黙が続いたっけ。
 
 だからこそ、私は。
 
 この先、生まれた子供と2人暮らしをすることになろうとも、お手本となるホカホカ家族をこの目に焼き付けておこうと考えたワケで。互いに思いやり、笑い合える…そんな家族のなんと素晴らしいことか!てなことを熱く語ってみたところ、咲さんは見事に懐柔されてしまい。『仕方ないなあ』とボヤきつつも、居候という名の面倒ごとをアッサリと引き受けてくださったのである。
 
 
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