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28.マミは本田さんを泣かせる
しおりを挟む※まだまだ本田さんオンステージです。
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「うっ、あ、でも、離婚を切り出した時にアイツ、笑ってたんだぞ。それも、なんかホッとした感じでさ。だから、結局のところ俺らは円満離婚だ」
なるべく朗らかに言ってみたものの、場の雰囲気は最悪で。だから引き攣り笑顔を浮かべながら『この話はもう止めよう』と無言でアピールしてみたが、マミさんはそれを許してくれない。
「たぶん奥さんは、本田さんのことがずっと好きだったんですよ」
「え?どうしてそうなる??」
動揺する俺に、マミさんは続けた。人間というのは、相手が自分のことを嫌っているかどうか分かる生き物なのだと。それも、結婚するほど好きだった相手であれば、尚のことでしょう、と。
「仕事で疲れて帰って、品数の多い食事を用意するなんて愛が無ければ出来ないと思います。だって、簡単にお腹を満たすだけなら、総菜とかデリバリーが有るじゃないですか。それをせずに、健康のことを考えて頑張ったのなら、それは好きだからに違いありません」
「そんな、ことは…好きだったら、あんな…」
ヤバイ、なんか、なんか…。
「飲み会のことだって、世間では既婚者に平気で言い寄る女がそれなりにいるのです。だから、奥さん…じゃなくて元奥さんが心配するのは当然ですし、それをなぜ直球で伝えられなかったかも分かります。だって、嫉妬という感情は醜いじゃないですか。そんなモノを抱えているだなんて、誰にも気付かれたく無いですもん」
「そ、そっか、ウチの職場は不倫とか縁遠くて。男女関係なく仲間同士でいつもワイワイ騒いでいる感じだったから、そんな心配をされるとは思いもしなかったよ」
ダメだ、堪えろ、俺。
「あの、本当に円満離婚だったと思いますか?…私の考えでは、元奥さんは離婚を切り出した本田さんのことが最後まで好きで。好きだったからこそ、夫の自分に向ける目がどんどん冷たくなっていくことに耐えられなかったんじゃないかと。たぶんこれ以上…嫌われたくなかったんでしょうね。好きな人に嫌われることほど、悲しいことはありませんから」
「あ、はは…あれっ、うわ、どうしたんだろ」
有り得ない。
28歳にもなって、しかも、今日初めて会った女の前で泣くなんて。ああ、そうさ。気付けば俺は泣いていた。だって、別れてからずっと元嫁の怒っている顔しか思い浮かばなかったし、だからこそ別れて正解だと納得出来ていたのに。それが、いま浮かぶ元嫁の姿は優しく笑っていて。『この笑顔を守るために、一生頑張るぞ』…なんて決心して目を輝かせていたあの頃の自分が、いじらしく思えてしまったから。
くっそ、俺はこんな時まで『自分』なんだな。
ごめん、今更だけど、本当にごめん。
「だ、大丈夫ですか、本田さん?!」
「うん、グスッ、っていうかさ、俺って、いろいろ鈍いよな」
ここで、沈黙を守っていた壮亮が口を開く。
「あのさ、人って、生きているうちに与えられる苦労の量が決まってるらしいんだわ。ちょこちょこ小分けに与えられる人、一気にドカンと与えられる人。形は違えどもそれは例外なく、皆んなに同じだけ与えられるのだと。俺さ、中学高校とそこそこ苦労したと思うんだけど、お陰様で今はこんなに幸せなワケよ」
「壮亮…」
「あのハードな生活のお陰で、仕事は誰よりも早く捌けるようになったし、家事だってひと通りやってきたから、マミがしてくれることの大変さが理解出来ているつもりだ。あのさ、ウチの母親はとんでもないことをしてくれたけど、世の中、もっと酷い家庭だってあるワケで、嘆いても時間の無駄なんだよ。とにかく、何を伝えたいかと言うと、苦労は役に立つってこと。そう考えると、まあ、修行みたいなモンじゃないかと。取り敢えず精進しようぜ、お互いにな」
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