29 / 29
29.マミはときめく
しおりを挟む※ここからマミ視点に戻ります。
─────────────────
そんなこんなで、本田さんは帰ってしまった。
パパッと作りましたという雰囲気を醸し出すことに重点を置き、実際には心血を注ぎまくったもてなし料理はそこそこ好評で。全てが終わったという解放感で漸く、どれほど自分が緊張していたかを思い知る。
「いやあ、なんか、アイツ、どうしたんだろう」
「壮ちゃん、さっきからソレばっか」
本田さんが泣いたことが、未だに信じられないらしく。壮ちゃんは彼のメンタル面が心配で仕方ないのだと言う。
「慎一、すっごく不安定だったよなあ」
「そりゃそうでしょ。だって、離婚したんだよ?人生の中でナンバーワンと言えるほどの大事件だわ」
「しかも理由が…あんなことくらいで別れるとか、ほんと有り得ないし」
「うーん、どうだろう。本田さん自身は『よくあること』だと言ってたでしょ?たぶん、…たぶんだよ?幸せな家庭で生まれ育ってしまったからこその弊害なんじゃないかな」
ここで私は持論を展開する。
日本人が海外旅行でよくカモにされるのは、平和ボケしているせいで警戒心が緩いからだと聞く。これを結婚に置き換えれば、幸せな家庭で育った人は知らないのだと思う。──それが呆気なく壊れるということを。不倫、借金、病気、嫁姑問題…様々なトリガーで、家族なんぞ簡単にバラバラだ。壮ちゃんの家だってそうだったし、私の家はそれほど深刻では無かったけれど、それでも幸せ家族だったとは言えない。
ずっと居心地のいい、温かな家庭で育った本田さんにとって、自分の結婚生活もそうなって当然と信じて疑わなかったのだろう。だから、不快な思いをするたび自分で自分に言い聞かせたのだ。
これは、異常だと。
今の世の中、幸せ家族であることの方が稀なのに。でも、その有難味を知らないからこそ、本田さんはどうにか正常に戻そうとしたに違いない。
「あー、なんかマミの言わんとすることは分かる気がする。苦労知らずの人間が初めて挫折する、みたいな?慎一の家はめちゃくちゃ家族仲が良くてさ。休日に家族揃ってキャンプ行ったり、親子で釣りとかテニスしてたもんな。あれ見て育ったら、そりゃあ息の詰まる結婚生活なんて我慢出来なくなるさ」
「本田さん、きっと自己暗示をかけていたんだと思う。自分は悪くない、離婚なんて普通のことで、理由もよくあるものだって。そんな考えのままでいたら、また次に結婚してもすぐダメになるよね」
ここで2人揃って黙り込み、それからどちらからともなく口を開いた。
「幸せって、なんだろな…」
「私たちは幸せになろうね!」
「マミは幸せが何かを分かってるのか?」
「うん、もちろん!」
自信満々に答える私に、壮ちゃんは不安げに続ける。
「幸せって、なに?」
「壮ちゃんから必要とされること」
「そ、そんなこと?」
「だって、もっと一緒にいて欲しいって…そう言ってくれたでしょ?あの言葉を思い出すたび『生きてて良かった』と感じるの。それって最高に幸せなことじゃない?誰かに必要とされて、その誰かが、自分がこの世で一番大好きな人だなんて。まったく、どんなご褒美だっつうの」
「マミ…」
「壮ちゃん、慢心せずにひとつひとつ積み重ねていこう。大丈夫だよ、私たちなら絶対に出来る」
本当は、不安だらけだったけど。だからこそ敢えて言い切ったのだ。すると目の前の人は、そんな私の本心を見抜いたかのようにそっと頭を撫でる。
「いつか、子供が生まれたら教えてやろうな。生きていくことは辛くて悲しいことばかりで、どうして自分をこんな世界に生んだのかと恨むこともあるだろう。だけど、最高に素敵なことが起きるから。それまでのことが全部帳消しになってしまうくらい、ほんとにほんとに最高なことが起きるから。それを楽しみに頑張れって。なあ、マミ…いま俺、すごく幸せだ」
…あ、今だ。
いつでも思い出せるよう、
このひとときを目に焼き付けておきたくて。
私はいつもみたいに、ひたすら笑ってみせた。
--END--
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる