マミさんは、ときめきたい。

ももくり

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29.マミはときめく

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 ※ここからマミ視点に戻ります。
 ─────────────────
 
 
 そんなこんなで、本田さんは帰ってしまった。
 
 パパッと作りましたという雰囲気を醸し出すことに重点を置き、実際には心血を注ぎまくったもてなし料理はそこそこ好評で。全てが終わったという解放感で漸く、どれほど自分が緊張していたかを思い知る。
 
「いやあ、なんか、アイツ、どうしたんだろう」
「壮ちゃん、さっきからソレばっか」
 
 本田さんが泣いたことが、未だに信じられないらしく。壮ちゃんは彼のメンタル面が心配で仕方ないのだと言う。
 
「慎一、すっごく不安定だったよなあ」
「そりゃそうでしょ。だって、離婚したんだよ?人生の中でナンバーワンと言えるほどの大事件だわ」
 
「しかも理由が…あんなことくらいで別れるとか、ほんと有り得ないし」
「うーん、どうだろう。本田さん自身は『よくあること』だと言ってたでしょ?たぶん、…たぶんだよ?幸せな家庭で生まれ育ってしまったからこその弊害なんじゃないかな」
 
 ここで私は持論を展開する。
 
 日本人が海外旅行でよくカモにされるのは、平和ボケしているせいで警戒心が緩いからだと聞く。これを結婚に置き換えれば、幸せな家庭で育った人は知らないのだと思う。──それが呆気なく壊れるということを。不倫、借金、病気、嫁姑問題…様々なトリガーで、家族なんぞ簡単にバラバラだ。壮ちゃんの家だってそうだったし、私の家はそれほど深刻では無かったけれど、それでも幸せ家族だったとは言えない。

 ずっと居心地のいい、温かな家庭で育った本田さんにとって、自分の結婚生活もそうなって当然と信じて疑わなかったのだろう。だから、不快な思いをするたび自分で自分に言い聞かせたのだ。
 
 これは、異常だと。
 
 今の世の中、幸せ家族であることの方が稀なのに。でも、その有難味を知らないからこそ、本田さんはどうにか正常に戻そうとしたに違いない。
 
「あー、なんかマミの言わんとすることは分かる気がする。苦労知らずの人間が初めて挫折する、みたいな?慎一の家はめちゃくちゃ家族仲が良くてさ。休日に家族揃ってキャンプ行ったり、親子で釣りとかテニスしてたもんな。あれ見て育ったら、そりゃあ息の詰まる結婚生活なんて我慢出来なくなるさ」
「本田さん、きっと自己暗示をかけていたんだと思う。自分は悪くない、離婚なんて普通のことで、理由もよくあるものだって。そんな考えのままでいたら、また次に結婚してもすぐダメになるよね」
 
 ここで2人揃って黙り込み、それからどちらからともなく口を開いた。
 
「幸せって、なんだろな…」
「私たちは幸せになろうね!」
 
「マミは幸せが何かを分かってるのか?」
「うん、もちろん!」
 
 自信満々に答える私に、壮ちゃんは不安げに続ける。
 
「幸せって、なに?」
「壮ちゃんから必要とされること」
 
「そ、そんなこと?」
「だって、もっと一緒にいて欲しいって…そう言ってくれたでしょ?あの言葉を思い出すたび『生きてて良かった』と感じるの。それって最高に幸せなことじゃない?誰かに必要とされて、その誰かが、自分がこの世で一番大好きな人だなんて。まったく、どんなご褒美だっつうの」
 
「マミ…」
「壮ちゃん、慢心せずにひとつひとつ積み重ねていこう。大丈夫だよ、私たちなら絶対に出来る」
 
 本当は、不安だらけだったけど。だからこそ敢えて言い切ったのだ。すると目の前の人は、そんな私の本心を見抜いたかのようにそっと頭を撫でる。

「いつか、子供が生まれたら教えてやろうな。生きていくことは辛くて悲しいことばかりで、どうして自分をこんな世界に生んだのかと恨むこともあるだろう。だけど、最高に素敵なことが起きるから。それまでのことが全部帳消しになってしまうくらい、ほんとにほんとに最高なことが起きるから。それを楽しみに頑張れって。なあ、マミ…いま俺、すごく幸せだ」
 
 
 …あ、今だ。
 
 いつでも思い出せるよう、
 このひとときを目に焼き付けておきたくて。
 
 私はいつもみたいに、ひたすら笑ってみせた。
 
 
 
 --END--
 
 
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